第3号 SaaSの広告宣伝費は本当に効いているのか — FP&A目線で『測れなさ』を分解し、AI時代のマーケ予算を組み替える
第3章展示会・リアル接点は、AI時代の逆張りになるか
このストック型の代表が、展示会やリアルなイベントです。AIが画面のなかの体験を均していくほど、「実際に会って手で触る」体験の相対価値は上がるのではないか——これは本記事のキーとなる問いです。
データを見ると、対面は確かに戻ってきています。
国内のBtoB展示会の開催件数は、コロナ禍の2020年に474件まで落ち込んだあと、2021年697件、2022年877件、そして2023年は過去最多の882件まで回復しました(出展101,147社・来場964万人)。
世界に目を向けても、UFI(国際見本市連盟)の集計で2024年の展示面積は2019年比+9%、約32,000件・出展470万社・来場3.18億人、経済効果は総産出ベースで3,680億ユーロに達しています。
ただし、ここでも「どちらも本当」のねじれがあります。
回復は一様ではありません。
世界全体では伸びていても、ドイツ(-12%)や中国(-8%)といった成熟市場はまだ2019年水準に届いていない。
国内のIT・SaaS系展示会「Japan IT Week」を見ると、東京・幕張の主力開催は頭打ちで、秋展は2年で-36%(41,839人→26,604人)、春展も直近で-11%。
一方で関西や名古屋といった地方開催は伸びています。
「展示会が回復している/縮小している」のどちらで語っても、半分しか当たりません。
正しい問いは「どの展示会か」です。
そして供給側のデータが、需要の底堅さを裏づけています。
バックオフィス特化の展示会「バックオフィスDXPO」を運営するブティックスは、出展社数を過去最多の780社まで伸ばし、展示会事業の売上も3期で約19億円→約30億円へ拡大しました。
出展する企業が増え、主催者が稼げているということは、出す側がリアル接点に価値を見出している証拠です。
実際、プレイドやサイボウズといったSaaS各社も、販管費が増えた理由として「自社主催のマーケティングイベント」を明記しています。
注意点も正直に書きます。
「展示会のリードは何%が成約する」といった実務値はネット上に多く出回っていますが、その多くは出典が明示されておらず、一次データで裏が取れません。
だから本記事では、件数・規模という「堅い」数字で対面の価値を語り、リード効果の細かい数字は確定値としては扱いません。

結論:予算を「組み替える」——4つの張り先を評価する
ここまでの4つの角度を重ねると、SaaSの広告宣伝費の正体が見えてきます。
「効いているか/いないか」の二択では、半分しか当たりません。
効くものは測りにくく、測れるものに最適化するほど、効くもの(ブランド)を削ってしまう。
そしてAIが、測れる施策(検索広告)の費用対効果そのものを下げにきている。
だから答えは、冒頭に置いたとおり「組み替え」です。
総額を削るのでも増やすのでもなく、フロー型からストック型へ中身を組み替える。
これを裏づける配分の指針もあります。
広告効果研究の蓄積(IPA/Binet & Field)では、ブランド構築と短期刈り取りの最適比は平均60:40。
WARCの提言では、ブランド(資産を作る)広告に最低でも30%、理想は40〜60%を配分し、検索への配分が25%を超えたら過剰投資の赤信号、とされます。
ブランドマーケは、80%の確率でパフォーマンスマーケを上回るというデータもある。
ところが現実は逆を向いています。
B2B SaaSの実態配分はデマンド創出70%・ブランド25%。
当のマーケター自身が「本当はデマンド50%・ブランド40%にしたい」と答えており、自分でもブランド投資の不足を自覚しているのです(理想と現実の15ポイントの差)。
Gartnerの2026年調査でも、媒体支出の62.6%が認知と刈り取りに偏り、ロイヤルティ・リテンションは15%未満まで圧縮されています。
正しいと分かっている配分と、実際の配分が、開き続けている。
では、限られた予算をどこへ組み替えるか。冒頭で挙げた4つの張り先を、「フロー型かストック型か」「測りやすいか」で評価します。
- GEO/AIO(AIに引用・指名される発信):ストック型に近い。AIが検索と購買の入口になる流れは構造的で、すでにマーケ責任者の最優先課題。ただし市場の定義が定まらず、効果測定の方法もこれから。早く張る価値はあるが、過剰な期待は禁物。
- AI投資によるマーケ内製化:フロー型の運用費をストック型の資産(蓄積コンテンツ)に変える「組み替えの装置」。最も着手しやすく、コスト構造を本質から変える。
- 展示会・リアル接点:典型的なストック型。AIが画面体験を均すほど、対面で得た関係の相対価値は上がる。ただし「どの展示会か」を選ぶ規律が必須。
- コミュニティ・オウンド・顧客事例:最もストック型らしい資産。一度積めば減衰しにくく、AIにも人にも「指名」される土台になる。地味だが、組み替えの本丸。
共通するのは、4つとも「出した瞬間に消える」フロー型ではなく、「積み上がって残る」ストック型だということです。
検索広告という蛇口を全開にし続ける戦い方から、井戸を掘り、タンクに貯める戦い方へ。
これがAI時代の広告宣伝費の組み替えです。

まとめ:このフレームは、どの予算配分にも使える
SaaSの広告宣伝費を4つの角度から見てきました。最後に、自分の事業で使えるチェックリストに落とします。気になる予算があれば、これで読み直してみてください。
- 費目を揃えたか:その数字は「S&M全体」か「広告宣伝費単体」か。営業人件費を混ぜて「広告に何割」と語っていないか
- 測れなさを疑ったか:効いて見える施策(検索広告)は、別の施策の手柄を横取りしていないか。効くのに見えない施策(ブランド)を、見えないという理由で削っていないか
- フロー型かストック型か:その支出は止めれば消えるか、積み上がって残るか。費用を「見えない資産」に変えられないか
- AIで前提が崩れていないか:その施策は「人が検索して見つける」前提に依存していないか。AIに「指名・引用される」側に回れているか
- 配分は理想に近いか:ブランド(資産形成)への配分が薄すぎないか。検索への依存が過剰(25%超)になっていないか
「広告宣伝費は効いているのか」という問いは、本当は「どの広告宣伝費が、どんな時間軸で効いているのか」と問い直すべきものでした。
削るか増やすかの前に、組み替えられないか。
この一点を分解できるだけで、来期の予算会議の景色が変わるはずです。
最後に質問です。
あなたの事業のマーケ予算は、いま「フロー型」と「ストック型」のどちらに偏っているでしょうか。
そして、AIに「指名」される資産を、どれだけ積み上げられているでしょうか。
コメントで教えてください。
次回は、この変化の裏側で「広告を売る側」——広報代行・web制作・動画メディアといったサービス提供企業——がどうなっていくのかを、投資家・業界分析の目線で読み解きます。
本記事は公開情報(各社の決算説明資料・有価証券報告書・SEC提出書類、各種調査機関・業界団体のレポート)に基づく分析教材であり、特定企業への投資や特定商品の購入を推奨するものではありません。
数値は出典の最新公表値に基づきますが、AI関連の指標は変化が速いため、各図に付した公表日時点のスナップショットとしてご活用ください。
費用対効果の解釈は筆者(FP&A実務者)の見解です。
出典
- 個社IR(決算説明資料・有価証券報告書)— freee、マネーフォワード、ラクス、Sansan、スマレジ、カオナビ、プレイド、サイボウズ、ヤプリ、ビジョナル、HENNGE
- SEC提出書類(10-K/8-K)— Salesforce、Snowflake、HubSpot、Datadog、Zoom(S&M対売上比)
- KeyBanc Capital Markets & Sapphire Ventures『SaaS Survey 2024』、ICONIQ Growth『State of Software 2025』(S&M効率ベンチマーク)
- WARC『The Multiplier Effect』、IPA/Binet & Field『The Long and the Short of It』、Analytic Partners『ROI Genome』(ブランドROI・60:40・アトリビューション)
- Gartner『CMO Spend Survey』2025/2026、電通『2025年 日本の広告費』、電通デジタルほか『2025年 日本の広告費 インターネット広告媒体費』(チャネル別配分)
- Pew Research Center、Ahrefs、Semrush、Adobe Analytics、McKinsey、Bain、Morgan Stanley、Conductor(AI検索・ゼロクリック・エージェント・コマース・GEO/AEO)
- UFI(国際見本市連盟)Global Exhibition Barometer/Global Statistics、日本展示会協会、POP『展示会データベース2024』、Japan IT Week(RX Japan)、ブティックス(バックオフィスDXPO)
- One Capital『SaaS上場企業27社のメトリクス開示状況』、Gloria Mark(注意持続時間研究)、eMarketer(短編動画・利用時間)
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