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第3号 SaaSの広告宣伝費は本当に効いているのか — FP&A目線で『測れなさ』を分解し、AI時代のマーケ予算を組み替える

第1章まず大前提:「広告宣伝費」と「S&M」は別物

数字を比べる前に、絶対に押さえておくべき落とし穴があります。「広告宣伝費」と「S&M(Sales & Marketing)」は、似て非なる別物だということです。

S&Mは、営業担当の人件費、マーケティング部門の人件費、広告宣伝費、販促費、ツール代まで含んだ「営業・マーケに使うお金の総額」です。
一方の広告宣伝費は、そのうちの「広告に出した実費」だけ。
両者は数倍ちがいます。

たとえばfreee(フリー)は、国内で珍しく販管費を機能別に開示している会社で、S&M比率は直近のFY2025/6で53.3%、その前のFY2024/6では66.7%(最も高かったFY2019は78.3%)と、売上の半分から3分の2を占めます。
これを見て「freeeは売上の半分以上を広告に使っている」と読んだら大間違いです。
この数字は営業の人件費まで含んだS&M全体で、広告宣伝費そのものは、その内側のごく一部にすぎません。

逆に、広告宣伝費を単体で開示している会社の数字はずっと小さい。
マネーフォワードは広告宣伝費が売上の13.8%(直近FY2025/11、約69億円。比率は前年の16%から下げつつ、金額は微増=規律ある投資)、スマレジは9.8%(FY2025/4)、Sansanは約12%(FY2025/5)です。
「6割」と「1割」では、語っている話がまるで違います。

この取り違えは、決算資料を読み慣れた人でも起こりやすいので注意が要ります。
たとえばSansanの資料では、人件費を含む大きな系列(対売上で約4割)と、広告宣伝費そのもの(約12%)が近くに並びます。
前者を後者と取り違えると、「広告に突出して投資している」と「ごく標準的」という正反対の結論になりかねません。
だからこそ、どの数字がどの費目なのかを必ず確かめてから比べる必要があります。

ですから、この記事では費目を必ず揃えてから比べます。S&M全体の話なのか、広告宣伝費単体の話なのかを、その都度はっきりさせます。

ついでに、効率を測る物差しも最小限だけ用意しておきます。
SaaSの世界では、(1)CAC回収期間(顧客1件の獲得コストを粗利で何か月で回収できるか。短いほど良く、20か月前後が標準)、(2)LTV/CAC(顧客生涯価値÷獲得コスト。3倍以上が健全の目安)、(3)Magic Number(直近の新規ARR増分÷前期のS&M。1前後で効率が良い)、(4)Rule of 40(成長率+利益率が40以上なら健全)、の4つがよく使われます。
この記事でも何度か顔を出すので、頭の片隅に置いてください。

検証①:ブランド/PR層は、なぜ「測れない」のか

本題に入ります。
広告宣伝費のなかでも、検索広告のような「刈り取り(すぐ申込につながる施策)」は効果が見えます。
問題は、ブランド・PR・認知という「上の層」です。
ここがなぜ測れないのか。
理由は3つあります。

第一に、アトリビューション(成果をどの施策の手柄にするか)が構造的に歪んでいます。
多くの会社が使う「ラストクリック」、つまり「最後にクリックされた広告の成果」とみなす計測は、クリックできる施策(検索・ディスプレイ広告)を実際より2〜10倍も過大評価します。
マーケミックスモデリングという手法で測り直すと、検索広告は実力より最大で約336%、ディスプレイ広告は約364%も過大に評価されていました(Analytic Partners)。
逆に、テレビや動画は実力より3割ほど過小評価される。
つまり「検索広告が効いている」という数字は、しばしばブランド施策の手柄を横取りした幻です。

実際、ある分析では、検索広告のクリックの約30%は、別のブランド施策や上位の認知活動がきっかけになったもので、さらに30〜60%は季節要因やもともとのロイヤルティなど、マーケとは無関係の理由で起きていました。
検索広告に帰属している成果の大半は、実は別の何かが生んでいるのです。

第二に、ブランド投資は遅れて効きます。
短期の刈り取りと長期のブランド構築では、効果が現れる時間軸が違う。
研究では、その境目はおよそ6か月で、長期のブランド効果は短期の刈り取り効果のおよそ2倍の利益を生むとされます。
刈り取りは打った瞬間に効いて数か月で消える花火、ブランドはじわじわ効いて長く残る地熱、というイメージです。
四半期ごとに数字を見る経営からは、この地熱がいちばん見えにくい。

第三に、だからこそ「測れなさ」に対抗する代理指標が要ります。
よく使われるのが「Share of Search(検索シェア)」、つまりカテゴリ内で自社の名前がどれだけ検索されているかの割合です。
これは将来の市場シェアの先行指標で、市場シェアのばらつきの約83%を説明できるとされます。
指名検索が増えるかどうかは、ブランドが効いているかの数少ない観測窓なのです。

この「測れなさ」が、SaaS業界の開示にもそのまま表れています。
国内の上場SaaS27社を調べた横断調査では、ユニットエコノミクス(LTV/CAC)を開示しているのはわずか1社(カオナビ)、販管費の機能別内訳を出しているのは5社(18.5%)だけでした。
多くの会社が、広告宣伝費もCACも投資家に見せていない。
見せないのではなく、自社でも厳密には測りきれていないからでもあります。
「測れなさ」は、開示の薄さという形で、外からも観測できるのです。

検証②:同じ「広告費が多い会社」でも、評価は真逆になる

次に、データを複数の角度から挟み撃ちにします。直接は測れない対象を、別々の代理指標で推定する「三角測量」です。ここでは2つの角度を重ねます。

角度Aは「S&M全体の効率」。
米private SaaS104社を調べたKeyBanc/Sapphireの調査では、中央値でCAC回収期間20〜21か月、Magic Number 0.7倍、Rule of 40は15%(2024年見込)と、効率はむしろ伸び悩み。
一方、上場の優等生を含むICONIQの調査(127社)では、CAC回収約16か月、Magic Number約1.0倍、Rule of 40約50%と、ずっと良く見えます。
同じ「SaaSのS&M効率」でも、どの会社の集団を見るかで数字が2倍近く食い違うのです。

角度Bは「広告費比率の高低と成長の関係」。
さきほどのKeyBanc調査をARR成長率で割ると、はっきりした相関が出ます。
成長率10%未満の会社はS&Mが売上の31%、20〜30%成長で39%、30%超の高成長企業はなんと68%。
つまり高成長企業ほど、売上の大半をS&Mに突っ込んでいる。

ここで多くの人が間違えます。
「S&M比率が高い=非効率」と。
違います。
高い比率は「非効率」ではなく「成長を買う」という戦略選択を映しているのです。
海外でも、SnowflakeやHubSpot(S&M約46%)は拡大投資の真っ最中、DatadogやZoom(約28〜31%)は効率重視の成熟段階。
比率の高低だけでは、良し悪しは判断できません。

そして、ここに第3の道があります。
比率を変えずに、中身を組み替えるという手です。
ヤプリ(Yappli)は、広告宣伝費のうちマスマーケ(テレビCMなどの認知広告)を段階的に減らし、直近ではゼロにしてリード獲得へ振り向けました。
結果、LTV/CACは過去最高の6.6倍に。
会社はこれを「6倍超は獲得効率が良すぎるくらいで、まだ投資余地がある」と説明しています。
総額や比率を動かさなくても、広告費の「中身」を組み替えるだけで効率は変わる。
この記事のテーゼ「組み替え」が、実際の決算で起きている例です。