第3号 SaaSの広告宣伝費は本当に効いているのか — FP&A目線で『測れなさ』を分解し、AI時代のマーケ予算を組み替える
第2章AIが、広告宣伝費の前提を壊しにくる
ここからが、いま起きている地殻変動です。これまでの広告宣伝費は「検索で見つけてもらい、サイトに来てもらい、申し込んでもらう」という流れを前提にしていました。AIは、その入口から壊しにきています。
まず、検索からの流入が細っています。
Googleが検索結果の上にAIの要約(AI Overviews)を出すようになり、ユーザーは要約を読んで満足し、リンクを踏まなくなりました。
Pew Researchの実測(2025年)では、AI要約が表示されたとき、検索結果のリンクがクリックされたのは全体の8%だけ。
要約が無いときの15%のほぼ半分です。
要約のなかの引用元リンクに至っては、わずか1%しかクリックされません。
別の調査では、AI要約があると検索順位1位ページのクリック率が平均で58%も下がっていました。
この変化は速い。
これらは2025年後半から2026年前半の数字で、月単位で動いています。
だから本文の図には必ず公表日を添えました。
なお、これらの一次データは主に米国市場のもので、日本固有の統計はまだ十分に公表されていません。
日本でも同じ方向に動くと見るのが自然ですが、ここでは米国データを「先行する代理指標」として扱います。
次に、買い物の入口もAIに移りつつあります。
McKinseyの調査では、AI検索を試したユーザーの44%が「これが主要かつ好みの情報源」と答え、従来の検索(31%)を上回りました。
さらにAIエージェントが商品を比較し決済まで代行する「エージェント・コマース」が立ち上がりつつあり、2030年までの市場規模は、定義の広さによって米国で1,900億ドルから1兆ドル、eコマースの10〜25%を占めるという推計が並びます(McKinsey、Bain、Morgan Stanley)。
人ではなくAIが「指名」する時代が来れば、人間向けに最適化した広告の意味は薄れます。
ただし、ここに「どちらも本当」のねじれがあります。
AI経由の流入は量こそ少ないものの、質は高いのです。
Adobeの計測では、生成AI経由の小売トラフィックは2025年の年末商戦で前年比+693%に急増し、しかもそのコンバージョン率は他の流入より31%高かった。
つまり、検索からの「量」は減るが、AIに「指名・引用された」訪問者は購買意欲が高い。
だからこそ、AIに引用されるための発信(GEO/AEO=生成エンジン最適化)が新しい主戦場になりつつあります。
実際、企業のマーケ責任者を対象にしたConductorの調査では、AEO/GEOが2026年のマーケ最優先課題の第1位に挙がり、94%が投資を増やすと答えています。
最後に、人の「注意」そのものが枯れています。
画面上で1つの対象に注意が向く時間は、2004年の約2.5分から、2012年に75秒、近年は平均47秒(中央値40秒)まで縮みました。
短編動画へのシフトも進み、米国の成人がソーシャルメディアに使う時間は2025年に1日1時間54分でピークを打つ見込みです。
注意という「広告が向かう先の器」が、もう天井に達している。
限られた注意を奪い合う競争になっているのです。

供給側の変化:「買う」から「作って積む」へ
需要側(顧客の見つけ方)だけでなく、供給側(マーケ費のかかり方)もAIで変わります。これまで外注していたコンテンツ制作・記事・動画・LP(ランディングページ)を、生成AIで内製化する動きです。
これは費目の性質を変えます。
外注の運用費は、出し続けないと止まる「フロー型の費用」でした。
AIで内製化すれば、社内に蓄積したコンテンツや事例集は、一度作れば残り続ける「ストック型の資産」に近づきます。
同じお金でも、流れて消える費用から、積み上がる資産へ。
これがAI時代の追い風です。
FP&Aの言葉でいえば、損益計算書で毎期消えていく費用を、貸借対照表に積み上がる「見えない資産」へと作り替える動き、と言ってもいい。
チャネル別に、費用対効果と「減衰の速さ」を読む
ここで、広告宣伝費を「どのチャネルに、どんな性質で使っているか」で並べ直します。マクロの構成比から見ましょう。
グローバルでは、Gartnerの調査(2025年)でマーケ支出のデジタル比率が61.1%と過去最高に達し、ペイドメディア(有料広告)が総予算の30.6%で単一最大の費目。
そのうち検索広告が13.9%、ディスプレイ12.5%、ソーシャル12.2%です。
日本でも、電通『2025年 日本の広告費』で総額8兆623億円のうちネット広告が初めて過半数(50.2%)を超えました。
一方で、イベント・展示・映像といったプロモーション領域も4,748億円(前年比111.2%)と伸びており、動画広告は1兆275億円で初めて1兆円を突破しています。
ただ、構成比だけでは費用対効果は分かりません。
同じ広告費でも、「どこまでをコストに数えるか」で効率の見え方が一変します。
スマレジは、この点で珍しく正直な開示をしています。
FY2025/4の広告宣伝費(通期約11億円、対売上9.8%)を「リード獲得・認知獲得・その他」に分解したうえで、CACを2通り出している。
認知広告(テレビ・ラジオ)を除いて計算すると顧客獲得コストは289,189円・効率4.60倍、認知広告まで含めると374,435円・3.55倍。
同じ会社・同じ顧客でも、認知への投資をコストに入れるかどうかで効率が3割変わるのです(なお同社は翌FY2026/4に広告宣伝費を前年比約2倍へ積み増しており、認知投資の手綱はその時々の成長戦略で動きます)。
これは「測れなさ」を費目の引き方が増幅する、決定的な実例です。
ここに「減衰の速さ」という軸を重ねると、地図が立体になります。
運用広告は出した瞬間に効いて、止めれば即座に消えるフロー型。
一方、ブランド、自社メディア(オウンド)、顧客事例、そして展示会で築いた関係は、ゆっくり効いて長く残るストック型。
同じ「広告宣伝費」という勘定のなかに、性質のまったく違うお金が同居しているのです。
