工場でイチゴを一年中育てる — 農水省が評価した量産の先に残る採算の壁
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工場でイチゴを一年中育てる — 農水省が評価した量産の先に残る採算の壁

気温や日照に左右されやすいイチゴを工場で育てれば、季節をまたいで安定して届けられます。ただし、栽培を安定させる技術と、電気代や設備費を払って利益を残す事業は、同じ課題ではありません。
農水省が評価したのは、工場の新しさだけではありません
今回の受賞は、植物工場での安定生産を事業として成立させた点を評価したものです。
農林水産省は9月25日、日本スタートアップ大賞2026の農林水産大臣賞にOishii Farmを選びました。
応募は317件で、各大臣賞と審査委員会特別賞を合わせて10社が受賞しています。
農水省は、従来は量産が難しいとされた植物工場で、同社がイチゴの安定量産とビジネスモデル化を実現したと説明しました。
「世界で初めて」という位置付けも農水省の発表に基づく表現です。
独立した第三者が世界中の生産方式を網羅比較した結果としてではなく、今回の受賞理由として読みます。
同省によると、Oishii Farmは2026年8月に東京都羽村市で植物工場専用の研究開発施設を開きました。
評価は一つの農場の稼働だけで終わらず、技術をまとめて海外へ展開し、食料供給や輸出につなげる可能性にも及んでいます。
栽培環境をそろえると、電気と設備が原価に表れます
植物工場は、温度・湿度・光・二酸化炭素などを人為的に整え、作物が育ちやすい条件を作る仕組みです。天候が崩れたときの収穫の落ち込みを抑えたり、棚を上下に重ねて限られた敷地を使ったりできます。
Oishii Farmの公式サイトによると、同社が2024年に稼働させた米ニュージャージー州のAmatelas農場は、23万7,500平方フィート超の施設です。
会社はロボットや水のろ過・再利用設備を導入し、隣接する太陽光発電所の電力も運営に役立てていると説明しています。
別の同社説明では、新しいLED照明は従来の自社農場に比べ、株あたりの電力を14%抑える設計です。
これらは会社が公表した設備・効率の説明で、農場全体の電力使用量やイチゴ1キログラムあたりの電気代を示すものではありません。
太陽光発電所が隣接していても、工場が必要とする電力すべてを賄うとは限りません。
栽培面積を増やすと照明、空調、送水の稼働も増えるため、面積あたりの収穫量だけでは効率を判断できません。
会社は、ロボットが年間600億件のデータを分析し、温度、湿度、二酸化炭素、風速、光などを機械で監視すると説明しています。
これは会社自身が示す値で、外部監査された生産改善の実績ではありません。
重要なのは記録件数より、異常を早く見つけ、傷んだ果実や規格外品を減らし、販売できる割合を高められるかです。
収穫した量だけでなく、出荷できた量まで追う必要があります。
収量を比べるときは、実験条件をそろえる必要があります
公的研究では、環境制御やLEDがイチゴの収量と品質を押し上げる一方、効果が地域や日射量、電力費に左右されることが示されています。
国際農研は石垣島の施設で、温度などを制御した栽培区の収量が約410g/株になったと報告しました。
10アール当たり8,000株と仮定すると約3.3トンに相当します。
日中のLED補光を加えると収量などが増えましたが、日射量が多い時期は補光の効果が限られ、電力コストを考慮する必要があるとしています。
この研究は亜熱帯の施設栽培で、Oishii Farmの多段式の屋内農場を測ったものではありません。
数字をそのまま同社の生産能力と比べることはできません。
それでも、照明を強くすれば常に得になるのではなく、追加の電力で増やせる販売可能な果実が電気代を上回るかを測る必要がある、という判断軸は共通します。
照明の費用対効果は、季節や地域でも変わります。
日差しが弱い時間帯に限って補光する方法と、常に同じ明るさで育てる方法では、電気代も果実の増え方も異なります。
植物工場を別の国や地域へ移す場合、同じ設計をそのまま置くのではなく、現地の電力単価、気温、日照、輸送距離に合わせて設備を調整する必要があります。
技術の再現性は、建物の複製だけでは測れません。

量産できることと、黒字を続けられることは別です
事業化を見るときは、収穫の安定だけでなく、販売できる品質の割合、稼働率、電力使用量、設備の償却を合わせて考えます。
ロボットが収穫や見回りを担えば人手不足を和らげられますが、機械の導入費や保守費が増えることもあります。
工場を建てても注文が少なければ、照明を落としたり稼働を休めたりする前に、固定費が利益を圧迫します。
NEDOの事業紹介では、Oishii Farmの研究期間を2024〜2026年度とし、助成額を24億9,500万円と記載しています。
掲げる研究テーマには栽培技術、工程の自動化、複数品目への展開が含まれ、低コスト化と事業モデルの検証を目標にしています。
受賞で事業化の前進は評価されましたが、助成事業が続くことからも、工場を広げながら費用を下げる仕事が残っていると読めます。
現場で採算を点検するなら、まず「1キログラムを販売可能な状態にするまでに何円かかるか」を分解します。
種苗・培地・水・電気・作業時間を収量と結び、設備費は何年で回収するのかを重ねます。
ここでいう償却は、大きな設備投資を使う年数に分けて費用にすることです。
高級イチゴとして高い価格を得られても、売れる数量に上限があれば、工場の固定費を十分に吸収できない場合があります。
予算を作る段階では、電気料金や人件費、販売価格を少しずつ変え、どの条件で利益が消えるかを試算できます。
電力単価が上がったときに販売価格を上げられるのか、収量が予定を下回ったときに同じ固定費を支払えるのかを分けておきます。
農場の増設判断では、技術が再現できるかだけでなく、注文の見込みと回収期間を同じ表に置くことが重要です。
工場を海外へ広げるなら、売り方も選び直せます
自社で農場を運営して果物を売る形と、工場の技術を設備・運営支援として他社へ提供する形では、必要な資金も収益の出方も異なります。
農水省は技術をパッケージとして海外へ展開する構想に触れました。
これは、施設を一つずつ自社保有する場合に比べ、技術提供や保守が収入の柱になる可能性を示します。
ただし、導入先の投資採算、現地の電気料金、品種や気候への対応が合わなければ、パッケージ販売だけでは継続しません。
NEDOの事業紹介では、米国ニュージャージー州の現地パートナーと技術実証を進める計画が示されています。
同社の人員に加え、研究開発と生産の設備がすでにある地域で試す設計です。
国内で動いた栽培方法をそのまま移すのではなく、現地で設備を使いながら、気候や電力、物流に合わせるための足場になります。
海外展開の成果は、農場数や発表された提携数だけでなく、導入先が設備投資を回収し、保守を含む継続契約へつながるかで確かめたいところです。
次の発表では、3つの数字を追います
評価の焦点は、収穫量の拡大が利益の増加に結び付くかどうかです。
今後は、販売できる果実の量と品質、電力使用量を収穫量で割った効率、外部の導入先から得る売上や保守契約を見ます。
もし施設数だけが増え、1キログラムあたりの原価や稼働率が出てこなければ、事業がどこまで採算に近づいたかは判断できません。
生産能力だけを先に増やすと、売れ残りや販促値引きが販売単価を押し下げる可能性もあります。安定した出荷契約や繰り返し購入する顧客が、設備の稼働計画を支えているかも確かめます。
腹落ち確認の問い
工場イチゴの量産を「事業として成功」と判断するなら、収穫量のほかにどの費用と売上の数字を組み合わせますか。
考え方
収穫量だけでなく、販売できる品質の割合、電力や作業の使用量、施設の稼働率、設備費の回収を並べます。
そのうえで販売単価から1キログラムあたりの変動費を引き、残りで固定費を賄えるかを見ます。
数字が公表されていない場合は、量産の技術評価と利益の確認を分けて考えます。
もっと詳しく知りたい人へ
- 農林水産省「日本スタートアップ大賞2026」の受賞発表 — 賞の理由、羽村の研究開発施設、海外展開構想が分かります。
- NEDOのOishii Farm事業紹介 — 研究期間、助成額、低コスト化と複数品目化の目標を確認できます。
- Oishii Farmの農場紹介 — ニュージャージーの施設規模と導入設備を会社の説明で読めます。
- 国際農研のイチゴ栽培研究 — 環境制御やLED補光の効果と電力費の留意点を確認できます。
- 水産・農林業業界基礎ガイド — 国内の農業・水産業の収益構造や上場企業の位置付けを整理できます。
出典
- 一次資料:農林水産省「『日本スタートアップ大賞2026』の受賞企業が決定しました」(2026年9月25日) https://www.maff.go.jp/j/press/kanbo/kihyo03/260925.html
- 企業公開情報:Oishii Farm「Our Farms」 https://oishii.com/pages/our-farms
- 企業公開情報:Oishii Farm「Sustainability」 https://oishii.com/pages/sustainability
- 公的機関資料:NEDO「Oishii Farm K.K.」(2024年11月28日更新) https://www.nedo.go.jp/english/activities/startups/company42a.html
- 公的研究:国際農林水産業研究センター「統合環境制御と補光の併用は亜熱帯地域のイチゴ生産を増収させる」(研究期間2021〜2022年度) https://www.jircas.go.jp/ja/publication/research_results/2023_c01
- 確認日:2026年9月26日。会社の設備・効率値は会社公表値として扱い、研究機関の試験結果を同社農場の実績とはみなしていません。