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第7号 日本の年金は、なぜAIに張れないのか——294兆円の配分表から、フィジカルAIの遅れまでを一本の線でつなぐ

第1章まず物差しを揃える——「積極性」とは何を指すか

比べる前に言葉を揃えます。「積極的な運用」という言葉は、少なくとも3つの別の意味で使われています。

ひとつめは目標収益率の高さです。年金が「何パーセント稼ぐ前提で設計されているか」という数字で、日本では「賃金上昇率プラス何パーセント」、米国では「割引率」や「想定収益率」と呼ばれます。

ふたつめは株式比率の高さです。上場株式にどれだけ配分しているかで、伝統的な「リスク資産比率」はこれを指します。

みっつめはプライベート資産比率の高さです。プライベートエクイティ(PE)、VC、不動産、インフラなど、上場市場を通らない資産にどれだけ配分しているかです。

この3つは連動しますが、同じものではありません。本記事の主題である「AIやスタートアップへの資金供給」に直結するのは、みっつめです。

もうひとつ、混同しやすい区別を置きます。
「スタートアップの資金調達額」と「VCの投資額」は別物です。
前者は調達した企業側から見た総額で、事業会社や海外投資家からの資金を含みます。
後者は国内VCが投じた金額だけを指し、日本では前者の4割程度しかありません。
以下では、どちらを指しているかを毎回明記します。

2. 日本の配分表——GPIF、共済、企業年金

日本の年金運用の中心は、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)です。運用資産は2026年3月末で293兆6,437億円、同年6月末には317兆7,596億円と、初めて300兆円台に乗りました。

基本ポートフォリオは、国内債券25パーセント、外国債券25パーセント、国内株式25パーセント、外国株式25パーセントです。
2025年4月から始まった第5期中期目標期間でも、この4資産均等は据え置かれました。

オルタナティブ資産(インフラ・PE・不動産)は独立した資産区分を持たず、この4資産の内数として管理されます。上限は資産全体の5パーセントです。

実績はどうか。
2026年3月末のオルタナティブ資産は時価5兆2,067億円で、資産全体の1.74パーセントです。
内訳はインフラ2兆4,643億円、不動産1兆6,523億円、PE1兆901億円。
PEだけを取れば資産全体の0.37パーセントです。

さらに、そのPEのうち日本向けはごく一部です。
日本特化型のファンド・オブ・ファンズを通じた投資先ファンドは28本(バイアウト21本、VC7本)で、PE全体の約3パーセントにとどまります。
2026年7月に国内PEファンドへ初めて直接投資した金額も200億円でした。

294兆円の運用主体が、国内のVCに投じている資金は、桁で言えば数十億円から数百億円の世界です。

運用目標は「名目賃金上昇率プラス1.9パーセント」です。第4期の1.7パーセントから、2025年度に引き上げられました。

ここで大事なのは、この目標を実績が大きく上回っていることです。
2001年度以降の25年間で、名目の運用利回りは年率4.62パーセント、賃金上昇率を差し引いた実質では年率4.33パーセントでした。
累積収益額は196兆9,306億円です。
2025年度単年では収益率16.47パーセント、収益額41兆3,995億円を記録しています。

共済組合(KKR、地方公務員共済、私学共済)も、資産配分は同じ25パーセント均等です。乖離許容幅は主体ごとに違いますが、オルタナティブの上限5パーセントは共通です。

企業年金は少し違う顔をしています。確定給付企業年金(DB)の資産は2026年3月末で71兆8,082億円です。

企業年金連合会の実態調査(2024年度)によると、会員DBの資産構成は国内債券19.1パーセント、外国債券17.0パーセント、国内株式9.2パーセント、外国株式13.5パーセント、一般勘定15.4パーセント、短期資産4.9パーセント、その他20.7パーセントです(四捨五入のため合計は100になりません)。

株式は合計22.7パーセントにすぎません。「その他」の20.7パーセントの内訳は、ヘッジファンド5.8パーセント、不動産3.54パーセント、PE2.81パーセント、それ以外7.9パーセントです。

企業年金の予定利率は平均2.14パーセント(日経・R&I調査、2025年)です。
2024年度の実際の修正総合利回りは0.67パーセントで、この低い目標にすら届きませんでした。
2025年度は推計で7パーセント台に回復していますが、目標設計が「2パーセントで足りる」構造であることは変わりません。

3. 海外の配分表——同じ「年金」でも中身が違う

海外の主要な年金・基金の配分を、上場株式、債券、プライベート資産(PE・VC・不動産・インフラ)、その他の4区分に揃えて並べます。

米国のCalPERS(カリフォルニア州職員退職年金)は資産6,371億ドルです。

2024年3月に採択した資産配分では、上場株37パーセント、債券28パーセント、PE17パーセント、プライベートデット8パーセント、実物資産15パーセント、レバレッジをマイナス5パーセントとし(合計100)、プライベート資産の合計を33から40パーセントへ引き上げました。

2025年12月時点の実績でもプライベート資産は33.0パーセントです。

同じカリフォルニアのCalSTRS(教職員退職年金)は資産4,154億ドルで、2026年6月末の実績はPE13.6パーセント、不動産11.9パーセント、インフレ感応資産7.0パーセントです。
プライベート資産は合計で3割を超えます。

カナダのCPP Investmentsは純資産7,933億カナダドル(2026年3月末)です。
資産構成は上場株36パーセント、PE22パーセント、実物資産20パーセント、国債13パーセント、クレジット9パーセントと報じられており、プライベート資産は4割を超えます。
参照ポートフォリオは株式85、債券15です。

北欧はどうか。
ノルウェー政府年金基金グローバル(GPFG)は時価22兆6,830億クローネ(約2.3兆ドル)で、株式72.1パーセント、債券25.8パーセント、非上場不動産1.6パーセント、非上場再エネインフラ0.5パーセントです。
PEはゼロ。
2024年4月の白書で「現時点では非上場株を開放しない」と決めています。

つまりノルウェーは「株式比率は極めて高いが、プライベート資産はほぼ持たない」という型です。積極性の3つの物差しが別物だという例です。

韓国の国民年金(NPS)は運用資産1,865.6兆ウォン(2026年6月末)で、国内株29.1パーセント、海外株35.4パーセント、国内債15.4パーセント、海外債5.9パーセント、オルタナティブ14.0パーセントです。
2031年末に向けた中期目標は株式55パーセント、債券30パーセント、オルタナティブ15パーセント内外です。

豪州のAustralianSuper(バランス型)は豪州株24.6パーセント、海外株30.65パーセント、インフラ9.5パーセント、債券14.75パーセント、不動産6.5パーセント、クレジット4.75パーセント、PE4.75パーセント、現金4.5パーセントです。
目標は「CPIプラス4パーセント超」。

オランダのABPは資産5,330億ユーロで、債券40.0パーセント、株式31.2パーセント、オルタナティブ19.5パーセント(PE8.4、インフラ6.2、コモディティ4.3、ヘッジファンド0.5)、不動産9.2パーセントです。
日本と同じく債券が厚い型ですが、PEだけでGPIFの20倍以上の比率を持ちます。

米国の公的年金の平均像は、Public Plans Dataの集計(2025年度、資産5.9兆ドル)で株式42.2パーセント、債券21.0パーセント、PE13.9パーセント、不動産9.0パーセント、ヘッジファンド6.7パーセント、コモディティ3.4パーセント、現金2.2パーセント、その他オルタナティブ1.5パーセントです。

オルタナティブ合計は34.5パーセントで、2001年の9パーセントから四半世紀で4倍近くになりました。

最後に大学基金です。
Yaleは資産441億ドルで、目標配分はVC23.5パーセント、LBO17.5パーセントと、VCが単一資産として最大です。
Harvardは資産569億ドルの41パーセントがPE(うちVCとグロースVCで24パーセント)です。
NACUBOの全米平均(657機関)でもPE16.8パーセント、VC12.2パーセントを持ちます。

日本の年金にVCがほぼゼロなのに対し、米国の大学基金は資産の1割から2割強をVCに置いています。この差が、次章以降の話の起点です。