第6号 フィジカルAIの利益は、どこに溜まるのか——13社の決算で描く4層マップ
第2章世界一のヒューマノイド企業の販売先を見たら、7割が大学と研究所だった——米中日を決算で並べる
この章の目次

2026年8月10日、中国のロボット企業が上海の株式市場で新規上場の申し込みを受け付けます。
社名は宇樹科技(ユニツリー)。人型ロボットを世界で一番多く出荷している会社です。
上場を申請すると、それまで外から見えなかった数字が全部出てきます。売上、利益、原価、そして誰に売ったのか。
その書類を読んで、私は少し驚きました。
2025年に出荷した人型ロボットは5,511台。前の年は412台だったので、1年で13倍以上です。売上は約17億元、日本円でおよそ360億円。しかも黒字でした。
ここまでは「中国がすごい勢いで量産している」という、よく聞く話のとおりです。
ところが、その売上を用途別に割った内訳を見ると、まったく違う景色が出てきました。
この記事の位置づけ——全3回の2回目です
先に、全体の見取り図をお伝えします。
2026年7月、日本は「FRONTia(フロンティア)」という国家プロジェクトを立ち上げ、フィジカルAI(画面の中だけでなく、身体を持って現実世界で動くAI)に1兆円規模を投じると発表しました。
その内容は最初の記事にまとめています。
「次の産業革命もMade in Japan」は本当か——国策AI「FRONTia」とフィジカルAI1兆円戦略の現在地
そこで予告した3つの論点を、3回に分けて解剖しています。
- 第1回「NVIDIAは、ロボット業界に何を売っているのか」(地図を4つの層に割り、土台にいるNVIDIAの戦略を分解)
- 第2回(今回)米国・中国・日本を、決算で並べる
- 第3回 利益は、どこに溜まるのか(13社の決算で検証)
第1回では、フィジカルAIを4つの層に割りました。
計算の土台(L1)、ロボットの頭脳(L2)、ロボットの体(L3)、現場で動かし続ける人たち(L4)。
そして土台にいるNVIDIAが売っていたのは、チップではなく「ロボットを作りたい人が最初に足を踏み入れる場所」でした。
今回は、三つ目の層であるロボットの体(L3)を見ます。米国・中国・日本の企業が、いま本当はどの段階にいるのか。各回は単独で読めるので、他の回を読んでいなくても大丈夫です。
私は普段、事業の数字を分解して「何にいくら使い、それがどう効いているのか」を読み解く仕事(FP&A=経営企画・財務計画)をしています。この記事もその目線で書きます。銘柄の推奨はしません。
先に結論を置きます。
米中日の三極は、同じ土俵で競っていません。それぞれ違う段階にいて、比べる物差しが噛み合っていないというのが実態でした。
この記事で読めること
- 世界一の出荷実績を持つ中国企業の、販売先の内訳
- 各社が公表している量産計画を全部足すといくつになるか。そして実績はいくつか
- 「中国製は安い」という話が、どこまで本当なのか
- 日本勢が持っているものと、失いつつあるもの
- テスラの株価に、いま何が織り込まれているのか
- この見方を自分の業界に当てはめるためのチェックリスト
1. 5,511台の中身——7割が大学と研究所だった
冒頭の話に戻ります。
宇樹科技が上場申請書類で開示した、人型ロボット製品の売上の内訳です(2025年1月から9月まで、金額ベース)。
- 科研教育(大学・研究機関・教育向け)73.60パーセント
- 商業消費(店頭展示やイベントなど)17.39パーセント
- 行業応用(実際の産業現場への導入)9.01パーセント

世界で一番人型ロボットを売っている会社の、売上の7割超が大学と研究所向けでした。
工場や倉庫で実際に働かせるために買われた分は、金額で1割に届きません。
この数字は、業界の見え方を変えます。
「中国が量産で先行している」というのは事実です。
台数は間違いなく出ています。
ただしその量産は、いまのところ研究用途に向けた量産です。
買った人の多くは、ロボットに働いてもらうためではなく、アルゴリズムの研究や教育の実験のために買っています。
つまり、人型ロボットの実装フェーズは、まだ始まっていません。
世界一の会社の内訳がそう言っているのですから、他社はもっと手前にいる可能性が高い。
念のため補足すると、この用途分類は同社の定義で、他社と同じ基準ではありません。
また出荷台数の5,511台は2025年の通年、用途別の内訳は1月から9月までと、対象期間が違います。
それでも、この分野で用途別の内訳が公開されているのは、いまのところこの1社だけです。
2. 計画を全部足すと年間数百万台、実績は年間数千台
もうひとつ、この分野を読むときに事故が起きやすい場所があります。
計画と実績の混同です。
各社が公表している量産計画を、並べてみます。

- Tesla:第1世代の生産ラインで年100万台、第2世代のラインは長期で年1,000万台に向けて設計(2026年4月)
- Figure AI(米国の人型ロボット企業):自社工場の第1世代ラインで年1万2,000台(2025年3月)
- Hyundai:傘下のBoston Dynamics向けに年産3万台の新工場を計画(2026年1月)
- 1X(ノルウェー発の人型ロボット企業):カリフォルニアの工場で年1万台の能力(2026年4月)
- Agility Robotics(米国の人型ロボット企業):初年度は数百台、将来は年1万台超へ(2023年9月)
全部足せば、年間数百万台から1,000万台規模になります。
では実績はどうか。
- 宇樹科技:人型ロボット5,511台(2025年通年)
- UBTECH(優必選・香港上場の中国企業):主力機を1,000台規模で納入(2025年)
- Figure AI:第3世代機の累計生産が350台超(2026年4月時点)
計画は年間数百万台、実績は年間数千台。桁が3つ違います。
ここで大事なのは、計画が嘘だという話ではないことです。
計画とは「そういう設備を設計した」という意味であって、「その台数を売る契約がある」という意味ではありません。
工場の設計能力と、受注残高は別物です。
FP&Aの現場でも、生産能力の数字を需要の数字と取り違えると、投資判断が丸ごとずれます。
同じ注意が、提携の発表にも要ります。1Xとある投資ファンドの枠組みは「2026年から2030年に最大1万台を投資先が利用可能にする」というもので、個社の導入確約ではないと報道でも明記されています。
3. 中国勢——同じ国の中で、まったく違う二社
中国の人型ロボット企業を、決算で二社並べてみます。
**宇樹科技。
**2025年の売上は約17億元(約360億円)。
3年前の2023年は約1.6億元だったので、2年で10倍以上に伸びました。
粗利率(売上から原価を引いた利益が売上の何割か)は約6割。
そして最終利益も黒字で、売上に対する利益率は1割台半ばです。
**UBTECH。**2025年の売上は約20億元。前の年から5割増えました。ただし営業段階で赤字です。売上を大きく上回る費用がかかっていて、営業利益率はマイナス4割近くになります。
同じ国の、同じ人型ロボットの会社で、片方は黒字、片方は大幅な赤字。
なぜこれほど違うのか。売っている相手が違うからです。
宇樹科技は研究機関向けの中価格帯を数千台さばいて量産効果を出しています。UBTECHは工場向けの大型機で、1台あたりの単価は高いものの台数が伸びず、開発費が重い。
「中国のロボット企業」とひとくくりにすると、この差が消えます。
ほかにも動きはあります。
Galbot(銀河通用)は北京の店舗にロボットを150日超常駐させ、数万件の配送注文を処理しました。
AgiBot(智元機器人)は2026年4月、中国の電子機器工場のタブレット生産ラインにロボットを導入し、1時間あたり最大310台の処理、連続運転の成功率99パーセント超を記録したと発表しています。
こちらは研究用途ではなく、実際の工場です。数はまだ限られますが、動き出してはいます。
4. 「中国製は安い」は、どこまで本当か
価格の話も、よく単純化されます。
宇樹科技は2024年7月に人型ロボットを1万6,000ドルからで売り出し、2025年7月には新型を5,900ドルから、簡易版を4,900ドルからにしました。1年で入門価格帯が半額以下です。
ここだけ見ると、価格破壊が進んでいるように読めます。
ところが同じ会社が、2026年6月に発表した上位機種の公式価格は10万ドルです。安いほうの17倍以上。
つまり起きているのは、全製品の値下がりではありません。価格帯が下にも上にも広がったのです。下に伸ばして裾野を取り、上に伸ばして研究機関向けの単価を確保する。
さらに言うと、価格を公開しているのは宇樹科技だけでした。UBTECHの主力機も、Galbotの製品も、AgiBotの各シリーズも、公式の製品ページや年次報告書に販売価格が載っていません。
「中国勢は安い」という一般化は、公開情報の範囲では1社の話です。
5. 米国勢——数字を出さないまま、巨額の値段がついている
米国側は、事情がまったく違います。
まず、財務が手に入りません。米国の未上場企業には、日本の決算公告にあたる開示義務がないからです。売上を出す義務がないので、出さない。それだけです。
Figure AIの売上も利益も、公表されていません。同社は2024年2月の資金調達で26億ドルと評価されました。
Agility Roboticsは2026年6月、特別買収目的会社との合併で株式市場に入ることに合意しました。
企業価値は25億ドルです。
同社がSECに提出した書類には、受注済みの複数年契約が約1,000台分で3億ドル超と書かれています。
ただし売上高そのものは書かれていません。
一部の報道は直近1年の売上を約3,700万ドルとしていますが、これは提出書類の数字ではなく報道側の推計です。
数少ない例外が1Xです。
同社はノルウェーに登記されていて、この国は全法人に年次決算の公開提出を義務づけています。
その決算によれば、2024年の売上は1,520万ノルウェークローネ、日本円でおよそ2億円強。
従業員は98名でした。
年2億円です。年1万台の生産能力を整えたと発表した工場の、その前年の姿がこれでした。
そしてTesla。
2025年の売上は約948億ドルですが、前の年から減っています。
営業利益率は5パーセント弱。
同社は決算書で「Optimusを含むAIロボットを開発・商用化する事業」と自らを位置づけていますが、ロボット関連の売上は分離開示されていません。
外部の顧客名も公表されていません。
それでも2026年7月31日の終値時点で、株価は直近1年の最終利益の300倍を超える水準です。
市場は、いまのTeslaの決算ではなく、その先に賭けています。
6. 日本勢——実績はあるが、取り分が見えない
日本に来ます。
ファナックの直近1年(2026年3月期)は、売上のうちロボット部門が44パーセントを占めます。会社全体の営業利益率は2割強で、今回登場する企業のなかでは高い水準です。
安川電機(2026年2月期)はロボット事業が売上の46パーセント。営業利益率は1割弱。
川崎重工業(2026年3月期)は、精密機械・ロボット事業が売上の11パーセントです。
三社とも、フィジカルAIへの投資を明確に打ち出しています。
ファナックは2026年5月、フィジカルAI向けの用途でロボットを1,000台超出荷したと発表しました。
同じ月には、2台のロボットがカメラで対象を認識しながらTシャツを自律的に畳むシステムを公開しています。
安川電機は2026年7月、ソフトバンクとの検証で、形が一定しないワイヤーハーネス(自動車の配線束)を安定して操作できたと発表しました。
2026年6月の長期経営計画では、方針の筆頭にフィジカルAI市場の開拓を置いています。
川崎重工業は2026年5月に米国カリフォルニア州へ専用拠点を開設し、7月には造船所でNVIDIAの技術と自社の造船データを組み合わせるプロジェクトを開始しました。
技術発表の密度で言えば、米中に劣りません。
問題は、その取り分が財務諸表のどこにも分離されていないことです。ロボット部門の売上は分かっても、そのうちフィジカルAI関連がいくらで、それがどれだけ儲かっているのかは、開示されていません。
7. 45パーセントから38パーセントへ——日本のシェアは下がっている
もうひとつ、日本にとって重い数字があります。
国際ロボット連盟(IFR)は長らく、日本を世界最大のロボット生産国として紹介してきました。
2022年3月に公表されたリリースでは、日本が世界の供給の45パーセントを担うとされています。
ただしこれは2020年の実績にもとづく数字です。
そして2025年7月に公表された最新のリリースでは、この比率が38パーセントになっていました。

台数そのものは出ています。日本ロボット工業会によれば、2025年の生産実績は20万7,004台、金額で9,453億円でした。
それでも世界に占める比率は下がりました。
同じ期間、中国では逆のことが起きています。
中国国内で売れた産業用ロボットのうち、中国メーカー製の比率は2023年の47パーセントから2024年には57パーセントへ上がり、初めて外資を上回りました。
しかも中国の年間設置台数そのものが2024年に過去最高を記録しています。
市場が縮んだから外資のシェアが落ちたのではありません。市場が広がるなかで、現地勢に取られています。
なお前回の記事では、日本のシェアを45から46パーセントと書きました。
当時参照したのが2020年実績のリリースだったためです。
今回あらためて追ったところ最新値は38パーセントでしたので、この場で更新しておきます。
矛盾ではなく、低下です。
8. まとめ——三極を比べるためのチェックリスト
三極を並べて見えたのは、こういう景色でした。
日本は実績と部品を持っているのに、世界シェアが下がり、フィジカルAIの取り分が見えない。中国は台数で世界一に立ちながら、その7割超が研究教育向け。米国は数字を出さないまま、巨額の値段がついている。
同じ市場を三極で奪い合っているのではなく、**それぞれ違う段階にいます。**だから「どこが勝っているか」という問いの立て方自体が、あまり役に立ちません。
この見方は、他の新興分野にもそのまま使えます。転用のためのチェックリストにします。
- 台数や導入社数の総量ではなく、用途別の内訳を探す。研究向けと実装向けの比率が、その分野の本当の進捗を示す
- 公表された計画と実績を、必ず別の列に置く。今回は計画の合計が年間数百万台、実績が年間数千台で桁が3つ違った
- 提携やMOU(基本合意書)を受注と読まない。「利用可能にする枠組み」は導入確約ではない
- 同じ国の企業をひとくくりにしない。中国の二社は、片方が黒字で片方が大幅赤字だった
- 価格の話は、製品ラインの上下を確認してから。入門機の値下げと、全製品の値下がりは別のこと
- シェアの数字には、必ず「いつの実績か」を添えて読む。45パーセントは2020年実績、38パーセントが最新だった
最後にひとつ、問いを置いて終わります。
あなたが見ている市場で、いちばん台数を売っている会社は、その製品を誰に売っているでしょうか。
買った人は、それを使って稼いでいるでしょうか。それとも、まだ試しているだけでしょうか。
次回は最終回です。ここまで見てきた企業に加えて、ロボットの関節や目にあたる部品を作る日本のメーカーまで含めた13社の決算を、1枚の表に並べます。そこで「上流の部品は儲かる」という通説が崩れます。
数値の前提と免責
本記事の財務数値は各社の直近通期開示にもとづくスナップショットで、決算期や会計基準は社ごとに異なります。
営業利益率や粗利率はいずれも全社の値であり、フィジカルAI事業単独の収益性を示すものではありません。
本文の比率は読みやすさのため丸めており、正確な値は図版と第3回の一覧表に記載します。
金額の円換算は概算です。
宇樹科技は本記事執筆時点で上場申請中であり、記載した数値は上場申請書類にもとづきます。
未上場企業の数値は、各国の制度開示(日本の官報決算公告、上場申請書類、ノルウェーの登記所提出など)によります。
連結ではなく単体の場合があり、グループ全体の規模を示すものではありません。
本記事は特定の有価証券の取得・売却を推奨するものではなく、投資助言を目的としたものでもありません。投資判断はご自身の責任でお願いします。