薬の設計図を狙う研究が一段進んだ — 東レとVeritas、mRNAに結びつく分子を取得
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薬の設計図を狙う研究が一段進んだ — 東レとVeritas、mRNAに結びつく分子を取得

薬の「設計図」に結びつく分子が見つかりました。
ただし、これは薬が完成したという意味ではありません。
東レとAI創薬企業のVeritas In Silicoが、標的に作用する候補の入口となる化合物を取得した段階です。
ヒット化合物は、薬になる前の出発点です
Veritasは10月19日、東レとの共同研究で、PCSK9のmRNAを狙う「ヒット化合物」を取得したと発表しました。
両社は2021年7月に契約を結び、東レがPCSK9を研究対象に選びました。
PCSK9は、LDL(いわゆる悪玉)コレステロールを調節するタンパク質を作る遺伝子です。
mRNA(タンパク質を作るための情報を運ぶ分子)は、文字列のような配列だけでなく、折りたたまれた立体構造も持ちます。
今回の研究では、その構造の一部に結びつく低分子化合物を探しました。
VeritasはRNA構造の解析、化合物のスクリーニング、構造測定、分子設計などを担当しています。
ヒット化合物とは、狙った標的に結びつく可能性を見つけた初期の化合物です。
細胞の中で作用するか、結びつき方に再現性があるか、望まない作用が出ないかは別途調べます。
会社の技術説明では、細胞実験で妥当性を確かめてリード化合物を選び、さらに形や性質を整える工程が続きます。
同社は数万から数十万の化合物を調べるスクリーニング工程を説明していますが、その規模は候補を探す能力を示す数字であり、効果の強さや開発成功率を表す数字ではありません。

今回の発表は、臨床試験に進む薬の候補や、人で効果を確かめた結果を示すものではありません。
取得した化合物の数、結合の強さ、細胞内での効果、毒性なども公表資料には記載されていません。
成果を「新薬ができた」と言い換えると、研究段階を大きく飛び越えてしまいます。
同じPCSK9でも、標的にする分子の形が違います
PCSK9は、すでに治療薬が存在する標的です。
このタンパク質は肝細胞表面のLDL受容体(血液中のLDLを肝臓に取り込む受け口)を分解させる働きがあり、その働きを抑えると血中のLDLコレステロールを下げられます。
米FDAが公開するレクビオ(一般名インクリシラン)のラベルでは、薬の成分はsiRNA(標的mRNAの量を減らす短いRNA)で、PCSK9 mRNAを標的とすると記されています。
東レとVeritasの狙いは、PCSK9のタンパク質に結合するのではなく、mRNAが作る特定の立体構造を小さな化合物で捉えることです。
RNAを標的にする薬は既に存在しますが、今回の研究がめざすのは、RNAの構造に結びつく低分子薬という異なる方法です。
既存薬との違いは、同じ病気の標的名ではなく、分子の大きさと作用の仕方にあります。
低分子薬には、製造や供給を広げやすく、薬によっては飲み薬にできる利点があります。
ただし、これは低分子医薬品全般の特徴です。
今回取得した化合物が飲み薬になるか、体内の必要な場所へ届くか、既存治療より使いやすいかはまだ分かりません。
この違いが重要なのは、タンパク質を狙う薬だけでは手を出しにくい疾患へ、RNAの立体構造を入口にした設計を応用できる可能性があるからです。
一方、RNAは細胞の中で形を変えます。
狙った形がどの条件で安定し、薬がその構造へどれだけ選択的に結びつくのかを確かめる必要があります。
今回の前進が示すのは、近い売上より研究の再現性です
東レとの共同研究でヒット化合物が得られても、今回の達成によるマイルストーン収入は発生しません。Veritasは、2026年12月期の業績予想も変更しないと明記しました。
共同研究型の事業では研究支援料や進捗に応じたマイルストーン収入、自社パイプライン型では候補を導出するときの一時金や開発・販売時のマイルストーン、ロイヤルティ(販売に応じた使用料)が将来の収益候補になります。
今回の達成は、そのどの収入もまだ発生させていません。
研究成果に関する権利は東レと共有していますが、個々の化合物や販売地域ごとの権利配分は開示されていません。
同社の中間期資料では、6月30日時点で共同研究から開発・販売へ進んだ案件はまだありません。
次の段階への支払い額や時期も今回の発表には示されておらず、成果がどの条件で事業収入に結びつくかは今後の開示を待つ必要があります。
今回の事業上の価値は、売上を積んだことではなく、mRNAの構造を狙う研究が実際の化合物に到達したという実績にあります。
ただし、再現性や細胞内の効果が確認される前に、次の契約や開発判断へ進むとは限りません。
同社の中間期資料によると、2026年1〜6月の事業収益は3,600万円、事業費用は2億8,300万円でした。
営業損失は2億4,600万円で、前年同期の1億8,600万円から広がっています。
純損失は3億8,600万円で、固定資産の減損損失(資産価値の下落を計上した損失)1億4,100万円を含みます。
減損は一度に計上された損失ですが、赤字の拡大をすべて一過性で説明することはできません。
事業費用は前年同期の2億2,900万円から増え、営業損失も広がりました。
研究開発費は1億3,200万円です。
製薬会社との共同研究を積み上げる一方、研究を続けるための費用が先に出る構造は残っています。
同じ資料では、6月末時点で契約交渉中の案件が8件とされています。
ただし、交渉中の件数は契約の成立や収入額を意味しません。
会社は研究支援料や研究マイルストーンを得るプラットフォーム事業と、自社の新薬候補を育てるパイプライン事業を組み合わせ、2030年を目安に自社創薬から販売までを担う会社を目指しています。
同社が自ら挙げる事業環境の逆風もあります。
製薬会社は自社で初期研究を行うより、外部で生まれた薬候補を導入する傾向を強めており、会社は共同創薬研究契約そのものが世界的に減少していると説明しています。
プラットフォームの性能だけで研究契約を増やすのが難しくなるため、自社パイプラインをつくり、製薬会社が導入できる候補を持つ方向へ事業を広げています。
会社の成長戦略では、2026〜2027年度を研究開発や施設整備への先行投資期、2028年度以降を収益拡大と投資回収の時期と位置づけています。
2026年度の新規契約2件をKPI(目標を測る指標)に掲げる一方で、中間期時点の交渉案件は8件です。
交渉件数から契約の成否、売上計上時期、契約収入の規模へ進むまでに、まだ確認すべき段階があります。
自社パイプラインの進捗も、今回の東レ案件と分けて見る必要があります。
8月の説明資料では、1本目を年内に動物試験へ進める計画、2本目を2026年中に特許出願する計画を示していました。
会社自身が研究開始から製品発売まで平均約10年と説明しているため、ヒット化合物の発表だけから翌期以降の製品売上を見積もることはできません。
見立てと監視ポイント
今後は、今回の成果が細胞内で作用するリード化合物へ育つかを見ます。ヒット化合物の取得後に、再現性のある結合、PCSK9 mRNAへの作用、細胞内での効果が確認されるかが次の節目です。
次に、東レとの共同研究でどの段階に追加の研究費や収入が設定されているのかを追います。今回の達成では収入が発生していません。将来の支払い条件や金額、次のマイルストーン時期は今回の開示から分かりません。
最後に、契約交渉中の8件が実契約へ進むか、自社パイプラインが計画どおり試験・特許出願へ進むかを確認します。
技術の成果が増えても、共同研究契約や開発移行に結びつかなければ、売上と資金の構造は変わりません。
腹落ち確認の問い
ヒット化合物を取得したとき、次の事業価値を判断するには、どの数字や進捗を一緒に確かめるべきでしょうか。
考え方
化合物が見つかったという事実だけでなく、細胞内での効果、結合の再現性、リード化合物への進捗、共同研究の次の支払い条件を確認します。
さらに、その研究が契約収入や開発段階への移行に結びついているかを見ます。
今回の開示は技術上の一段前進を示しますが、薬の有効性や近い売上を示す資料ではありません。
出典
- Veritas In Silico・東レとの共同創薬研究の進捗に伴うマイルストーン達成のお知らせ(2026年10月19日) — ヒット化合物取得、研究対象、収入の有無、業績予想、権利共有を確認しました。
- Veritas In Silico・技術情報 — スクリーニング後の細胞試験、リード化合物選定、最適化の工程を確認しました。
- Veritas In Silico・2026年12月期第2四半期決算説明資料 — 中間期の収益・費用、研究交渉と開発計画、研究から発売までの期間を確認しました。
- Veritas In Silico・成長戦略 — 製薬会社との共同研究を取り巻く環境、2026年度の契約目標、先行投資と回収の時期を確認しました。
- 米FDA・レクビオの医薬品ラベル — 既存薬インクリシランがPCSK9 mRNAを狙うsiRNAであることを確認しました。
もっと詳しく知りたい人へ
- 東レ・2021年の共同創薬研究に関するIR資料 — Veritasとの研究契約の背景を確認できます。
- Veritas In Silico・2026年10月19日の適時開示 — 研究成果の範囲と、今回の達成が業績予想に与える影響を確認できます。
- Veritas In Silico・技術情報 — ヒット化合物からリード化合物へ進む検証工程が分かります。
- Veritas In Silico・成長戦略 — 共同研究契約をめぐる外部環境と、自社パイプラインを育てる理由を確認できます。
- 米FDA・レクビオの医薬品ラベル — PCSK9 mRNAを標的とする既存薬の作用の違いを確認できます。
- 医薬品業界基礎ガイド — 医薬品の研究開発から承認・販売までの業界構造を読めます。