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売上は計画どおりなのに、利益だけ120億円が消えた — トレンドマイクロが読み違えた「AIの使用料」

トピック分析FP&A2026-08-14

【経済・SaaS】連載・FP&A【科学・AI】

#トレンドマイクロ#4704#決算#業績予想修正#AIコスト#トークン課金#クラウド費用#営業利益率#予算#変動費

目次
  1. 売上を動かさず、利益だけを削った修正
  2. 粗利は改善していた。壊れたのは、その下だった
  3. 「使われるほど原価が増える」ソフトウェアへ
  4. この費用を、来期の予算にどう置くか
  5. 見立てと監視ポイント
  6. 腹落ち確認の問い
  7. 関連リンク

売上は計画どおりなのに、利益だけ120億円が消えた — トレンドマイクロが読み違えた「AIの使用料」

トレンドマイクロが2026年8月13日に通期営業利益予想を564億円から444億円へ引き下げた一方で売上高予想は3,015億円のまま据え置いた構図を、AI機能の利用に伴うクラウド費用が売上と無関係に膨らんだという一本の因果で示し、上半期のクラウド関連費用130億円から220億円への増加、販管費26.3%増、営業利益率21.3%から14.7%への低下という3つの根拠数値を添えた概要図

業績予想の下方修正は、たいてい「売れなかった」という話から始まります。
ところがトレンドマイクロが2026年8月13日に出した修正は、売上高の予想を1円も動かしていません。
減らしたのは、利益だけでした。

同社は2026年12月期の通期営業利益予想を、期初の564億円から444億円へ引き下げました。
売上高予想は3,015億円のまま据え置きです。
会社が挙げた理由は、AIトークンコストを含むクラウド関連費用が期初の想定より大きく増えたことでした。

売上を動かさず、利益だけを削った修正

修正の形そのものが、この決算の性格を言い当てています。 2026年2月18日に公表した期初予想と、8月13日の修正後を並べます。

項目 期初予想(2026年2月18日) 修正後(2026年8月13日) 増減
売上高 3,015億円 3,015億円 増減なし
営業利益 564億円 444億円 ▲120億円
経常利益 551億円 460億円 ▲91億円
純利益 366億円 307億円 ▲59億円

売上高だけが完全に据え置かれています。決算短信の修正理由には、その事情がそのまま書かれていました。

売上高はほぼ期初想定通りに推移しております。
しかしながら、コスト面において当社の競争環境や当社製品・サービス機能の拡充を企図した投資に伴ってAIトークンコストを含むクラウド関連費用が期初想定より大きく増加している現状等を鑑み、またそれ以外の費用も全般的に見直した結果、費用が期初予想より大きく増加する見込みです。

修正後の営業利益444億円は、前期実績577.77億円に対して23.2%の減益にあたります。前期と比べても、期初計画と比べても、動いたのは費用の側だけでした。

売上の側はむしろ好調です。
上半期の売上高は1,485.96億円で、前年同期比11.0%増。
年間経常収益(ARR)は全社で17億ドル、うち企業向けが13億ドルに達しています。
AI関連の主力である TrendAI Vision One の ARR は前年同期比49%増で、企業向け ARR の45%を占めるまでになりました。

売れている製品ほどAIを使う。使えばトークン課金が発生する。この決算は、その関係が損益計算書に現れた最初の例のひとつです。

粗利は改善していた。壊れたのは、その下だった

費用が膨らんだ場所は、売上原価ではありません。 上半期の連結損益計算書を前年同期と並べると、どこで何が起きたかがはっきりします。

項目(連結・1-6月累計) 2026年 2025年 増減率
売上高 1,485.96億円 1,339.09億円 +11.0%
売上原価 339.49億円 319.37億円 +6.3%
売上総利益 1,146.46億円 1,019.71億円 +12.4%
売上総利益率 77.15% 76.15% +1.0pt
販売費及び一般管理費 928.54億円 734.98億円 +26.3%
営業利益 217.92億円 284.72億円 ▲23.5%

売上総利益率は76.15%から77.15%へ、わずかながら改善しています。売上が11.0%伸びるあいだに、売上原価は6.3%しか増えていません。粗利の段階では、この会社は前年より効率的でした。

崩れたのはその下です。販管費が734.98億円から928.54億円へ、193.56億円増えました。伸び率26.3%は、売上の伸び11.0%の2倍を超えています。

比率で見ると、構造がさらに明確になります。
売上に対する販管費の比率は54.9%から62.5%へ7.6ポイント上昇しました。
粗利率の改善1.0ポイントでは到底埋まらず、営業利益率は21.3%から14.7%へ6.6ポイント下がっています。

トレンドマイクロの営業利益率がなぜ21.3%から14.7%へ低下したのかという問いに対し、売上総利益率が76.15%から77.15%へ1.0ポイント改善した一方で、販管費率が54.9%から62.5%へ7.6ポイント上昇したことが原因であり、その販管費増加193.56億円のうち約90億円がクラウド関連費用の増加であるという構造を、売上原価と販管費を分けて示した仕組み図

その販管費の増加分のうち、正体がはっきりしている部分があります。
CFOの決算説明会資料によれば、クラウド関連費用は上半期で130.41億円から220.40億円へ、89.99億円増えました。
伸び率は69%です。

販管費の増加193.56億円に対して、クラウド関連費用の増加は89.99億円。
増加額のおよそ半分を、この一項目が占めています。
会社は増加要因として、GPU容量の確保、AIトークンの消費、そして各国のデータ主権に対応したクラウド基盤への投資を挙げました。

四半期で切ると、増え方の速さが分かります。
第2四半期単独のクラウド関連費用は67.50億円から127.23億円へ、1年で約88%増えました。
第1四半期の営業利益率21%は、第2四半期に8%まで落ちています。

この記事の用語(クリックで展開)
  • ARR(年間経常収益) — サブスクリプション契約から1年間に発生する定期収益を年換算した金額。契約の積み上がりを見る指標で、四半期売上の凹凸に左右されにくい。
  • AIトークンコスト — 生成AIに文章や画像を処理させるたびに発生する従量課金。処理した文字量(トークン数)に比例するため、機能が使われるほど費用が増える。
  • ソブリンクラウド — データを特定の国・地域の中に留めることを法的・技術的に保証したクラウド基盤。規制対応のために国ごとに設備を持つ必要があり、集約による効率化が効きにくい。
  • 売上原価と販管費 — 売上原価は製品・サービスを提供するために直接かかる費用、販管費はそれ以外の営業・開発・管理の費用。同じクラウド費用でも、何に使ったかで計上先が分かれる。
  • 営業利益と経常利益 — 営業利益は本業の稼ぎ。経常利益はそこに為替差損益や受取利息などの財務項目を加減したもの。本業の実力を見るなら営業利益を見る。

なお経常利益は、上半期で214.75億円から248.24億円へ増えています。
ただしこれは前年同期に営業外費用が86.76億円計上されていた反動によるもので、本業の悪化を打ち消す材料ではありません。
今回の決算で本業を見るなら、営業利益の側を見ることになります。

「使われるほど原価が増える」ソフトウェアへ

この決算が示したのは、ソフトウェア事業の費用構造がAIによって作り変えられつつあるという事実です。 従来のパッケージソフトやサブスクリプションでは、契約が1件増えたときの追加費用はほぼゼロでした。
作ったものを複製して配るだけだからです。
だから売上が伸びるほど利益率が上がりました。

トレンドマイクロ自身の実績が、その教科書どおりの姿を示しています。

売上高 営業利益 営業利益率
2023年12月期 2,486.91億円 326.02億円 13.1%
2024年12月期 2,726.38億円 481.05億円 17.6%
2025年12月期 2,759.84億円 577.77億円 20.9%
2026年12月期(修正後予想) 3,015億円 444億円 14.7%

2023年から2025年にかけて、売上が11%伸びるあいだに営業利益率は13.1%から20.9%へ7.8ポイント上がりました。売上の伸びが利益率の上昇を連れてくる、典型的なソフトウェアの経済です。

2026年はその関係が切れます。売上は過去最高の3,015億円を見込みながら、営業利益率は14.7%へ戻る。3年かけて積み上げた利益率の改善が、1年でほぼ帳消しになる計算です。

売上が伸びるほど利益率が上がるソフトウェアの経済は今も成り立っているのかという問いに対し、トレンドマイクロの営業利益率が2023年12月期13.1%から2024年12月期17.6%、2025年12月期20.9%へ3年連続で上昇したあと2026年12月期予想では14.7%へ折れ返す一方、売上高は2,486.91億円から3,015億円へ一貫して増え続けていることを重ねて示し、売上の伸びが利益率の上昇を連れてくる前提が切れたことを示したデータ図

売上の線は4期とも右肩上がりで、折れているのは利益率の線だけです。売れ行きが鈍ったのではなく、同じだけ売るのにかかる費用が変わったことが、この形に表れています。

理由は、AI機能の原価の性質にあります。
生成AIを組み込んだ機能は、顧客が使うたびにトークン課金が発生します。
検知エンジンにAIを載せれば、監視対象が増えるほど、アラートが増えるほど、支払いが増える。
売上に連動しない固定費ではなく、利用量に連動する変動費です。

しかもこの変動費は、売上と同じ速さでは増えません。
多くの製品でAI機能は既存契約への上乗せとして提供されており、利用が増えても請求額がそのぶん上がるとは限らないからです。
使用量は伸びるのに、単価は据え置かれる。
粗利率が保たれたまま販管費だけが膨らんだ今回の姿は、その構図と整合します。

同社の費用増が全額AI起因というわけでもありません。
決算説明会資料は、年間の費用増加のうち約46億円は円安によるものだと説明しています。
ドル建てのクラウド費用を円で払う以上、為替も同じ方向に効きます。

セキュリティ業界の他社が同種のコスト増を定量開示している例は、いまのところ多くありません。
四半期ごとにクラウド関連費用の金額を並べて示した今回の開示は、業界のなかでは踏み込んだ部類に入ります。
開示がないことと、コストが増えていないことは別の話です。

この費用を、来期の予算にどう置くか

今回いちばん実務に効くのは、「期初に置いた前提が半年で外れた」という事実のほうです。 会社は2月に564億円の営業利益を計画し、8月に444億円へ引き下げました。
売上の読みは当たっていたのに、費用の読みが120億円ずれています。

ずれた理由は、見積もりの怠慢というより、見積もる対象の性質にあります。
従来のクラウド費用は、サーバー台数や契約プランから逆算できました。
AIトークンの消費量は、顧客がその機能をどれだけ使うかで決まります。
自社の意思決定ではなく、顧客の行動が原価を決める構造です。

この費用を来期の計画に置くなら、置き場所を変える必要が出てきます。
固定的なインフラ費として一本で積むと、今回と同じずれ方をします。
分けるべきは、契約数に比例する部分、利用量に比例する部分、そして規制対応のように収益と無関係に発生する部分の3つです。

分けたうえで、利用量に比例する部分には幅を持たせることになります。
上半期の実績では、クラウド関連費用は前年同期比69%増えました。
この伸び率が下期も続く場合と、半分に鈍化する場合で、通期の営業利益がどこまで動くか——その幅を先に置いておけば、8月に120億円を一度に削るような修正にはなりません。

もうひとつ、値付けの側にも論点が残ります。
AI機能の利用が増えるほど原価が増えるなら、請求も利用量に連動させないと、使われるほど利益が減ります。
定額のサブスクリプションにAI機能を上乗せで載せる設計は、AIが使われない前提でのみ成立する設計でした。

会社は下期にコスト増のペースが鈍化する見通しを示し、今回の支出増を構造的なものではなく戦略的なものだと説明しています。
この説明が正しければ、利益率は2027年に戻ります。
正しくなければ、14%台が新しい平常値になります。
どちらなのかは、次の四半期の数字が決めます。

市場の初期反応は厳しいものでした。
8月13日の東証終値6,851円に対し、決算発表後の同日夜間取引では6,049.8円まで下落しています。
約11.7%の下げは、投資家がこれを一時的な支出ではなく利益水準の切り下げとして受け取ったことを示しています。

見立てと監視ポイント

この決算の評価軸は、AI関連費用が一時的な立ち上げ費用なのか、事業に組み込まれた恒常的な原価なのかに移っています。見るべき点を3つに絞ります。

腹落ち確認の問い

トレンドマイクロは売上予想を据え置いたまま、営業利益予想だけを120億円下げました。
もしあなたが自社製品に生成AI機能を載せることを決めた会社の経営管理を担当していて、来期の予算を組むとしたら、そのAI利用料を予算のどこに、どういう形で置くでしょうか。
金額を1本で積む場合と、売上や利用量に連動させて置く場合とで、期中に何が見えて何が見えなくなるかまで考えてみてください。

考え方

AI利用料を「クラウド費用」として年間の固定額で1本積むと、期中の管理が効かなくなります。
実績が予算を超えたとき、それが想定より多く使われたからなのか、単価が上がったからなのか、為替なのかが分解できないためです。
トレンドマイクロの上半期は、クラウド関連費用が130.41億円から220.40億円へ89.99億円増えましたが、このうち年間ベースで約46億円は円安の影響だと会社は説明しています。
要因を分けて置いていなければ、この切り分けは期末までできません。
実務的には、AI利用料を少なくとも3つに割ることになります。
第一に、契約社数や導入台数に比例する部分。
これは売上と同じドライバーで動くので、売上計画から自動的に展開でき、予実差も説明しやすい。
第二に、実際の利用量に比例する部分。
アラート件数や処理データ量など、顧客の行動で決まるため、単価×数量の形で置き、数量には幅を持たせます。
第三に、データ主権対応の地域別基盤のように、収益と無関係に発生する部分。
これは投資として別枠で管理し、事業の限界利益の計算からは外します。
この3分割をしておくと、期中に「どこがずれたか」が毎月見えます。
さらに重要なのは、第二の部分を置いた時点で、値付けの議論が自動的に発生することです。
利用量に比例して原価が増えるのに請求が定額なら、その製品は売れるほど、そして使われるほど利益率が下がります。
予算を組む作業は、そこで値付けの設計に跳ね返ります。
今回の修正が示したのは、AIを載せた製品では原価の見積もりと課金設計を別々に決められない、ということでした。

関連リンク

出典(T2契約)
  • primary_source: トレンドマイクロ株式会社「2026年12月期 第2四半期決算短信〔日本基準〕(連結)」(2026年8月13日開示)/同社 CFO 決算説明会資料「Trend Micro FY2026 Q2 Results」(2026年8月13日)
  • primary_source_url: https://finance-frontend-pc-dist.west.edge.storage-yahoo.jp/disclosure/20260813/20260812518658.pdf
  • primary_source_checked_at: 2026-08-14
  • secondary_source: トレンドマイクロ公式リリース(PR Newswire・2026年8月13日)/同社 Q1 2026 公式リリース(2026年5月14日)/株価反応は市場報道
  • secondary_source_url: https://www.prnewswire.com/news-releases/trend-micro-reports-earnings-results-for-q2-2026-302850324.html
  • source_confidence: High
  • factcheck: 通期予想の修正(売上高301,500百万円据置/営業利益56,400→44,400百万円/経常利益55,100→46,000百万円/純利益36,600→30,700百万円)と修正理由の原文、2026年1-6月累計の連結損益計算書(売上高148,596/売上原価33,949/売上総利益114,646/販管費92,854/営業利益21,792/経常利益24,824/中間純利益15,230、いずれも百万円)および前年同期(133,909/31,937/101,971/73,498/28,472/21,475/14,336)は決算短信を Jina Reader 経由で取得し照合。売上総利益率(76.15%→77.15%)・販管費率(54.9%→62.5%)・営業利益率(21.3%→14.7%)・販管費増加額193.56億円は当方で算出し、短信の各金額と突合。Q2単独(売上74,739/営業利益6,233/純利益3,455百万円・営業利益率8%)とARR(全社17億ドル+5%/企業向け13億ドル+6%/TrendAI Vision One +49%・企業向けARRの45%/コンシューマ3.74億ドル+4%)は公式リリースで照合。Q1単独(73,856/15,558百万円・営業利益率21%)と期初通期予想(営業利益56,400百万円)は公式Q1リリースで照合。クラウド関連費用(上半期13,041→22,040百万円/Q2単独6,750→12,723百万円)と増加要因(GPU容量・AIトークン消費・ソブリンクラウド)、年間費用増のうち約4,600百万円が円安要因である旨はCFO決算説明会資料で照合。FY2023〜FY2025通期実績は2025年12月期決算短信で照合。修正後営業利益444億円が前期実績577.77億円比▲23.2%であることは当方で計算し公式リリースの記載と一致を確認。反証1パス:(1)二次媒体の決算説明会書き起こしには「売上原価が前年比29%増」との記述があったが、短信の売上原価は+6.3%にとどまり売上総利益率はむしろ改善していたため採用せず、費用増が販管費側で起きた事実を短信の数値で記述した。(2)経常利益は前年同期比で増加しているが前年の営業外費用86.76億円の反動であり、本業の悪化を打ち消さないため営業利益と分けて扱った。営業外費用の内訳は抽出範囲で特定できず断定していない。(3)クラウド関連費用の計上科目(売上原価か販管費か)は開示から一意に特定できないため勘定科目を断定せず、粗利率が改善している事実から言える範囲にとどめた。(4)競合の売上総利益率は会計方針・調整項目が異なり単純比較できないため水準比較を行わず、定量開示例が少ないという定性的観察にとどめた。(5)株価は8月13日夜間PTS価格に基づく二次情報で、8月14日の東証終値は未確認のため初期反応として限定的に記述した。(6)営業利益率見通し「19%→15%」は説明会資料の記載で、通期予想値からの当方計算値14.7%と整合することを確認した。