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脳から脚まで「全部つながった」— AIと人が完成させた、ハエ1匹の1億2,500万本の配線図

深堀AI・イノベ2026-09-07

【科学・ライフサイエンス】連載・AI・イノベ【科学・AI】米国英国

#コネクトーム#ショウジョウバエ#神経科学#AI#電子顕微鏡#HHMI#Janelia#Google Research#Cell#オープンデータ

目次
  1. 16万6,691個の神経を、脳から神経索まで切らずに追った
  2. AIが線を引き、人が「本当に同じ細胞か」を確かめた
  3. 違いは4.8%でも、行動の分かれ道に集まっていた
  4. 実験は「見つけてから調べる」から「地図で絞って試す」へ
  5. 見立てと監視ポイント
  6. 腹落ち確認の問い
  7. もっと詳しく知りたい人へ

脳から脚まで「全部つながった」— AIと人が完成させた、ハエ1匹の1億2,500万本の配線図

雄ショウジョウバエの中枢神経系が脳から脚を動かす神経索まで一本につながった意味を示す概要図。変化として、従来の脳だけの地図から、感覚入力と運動出力を結ぶ全中枢神経系の地図へ進んだことを置く。仕組みとして、電子顕微鏡の画像をAIが三次元の神経形状へ組み立て、人が誤りを直して細胞型を付けた流れを示す。根拠数値は16万6,691ニューロン、約1億2,500万シナプス結合、1万1,691細胞型の3点。一文の結論は、脳の部品表ではなく刺激から動作までを追える検索可能な地図ができた、とする

配線が脳の中で途切れず、目や鼻から入った信号が脚の動きへ変わる道筋まで一本につながりました。

2026年9月3日、HHMI Janelia、ケンブリッジ大学、Google Researchなどの研究チームは、雄ショウジョウバエ1匹の全中枢神経系をつないだコネクトーム(神経細胞どうしの配線図)をCellに正式掲載しました。
データ自体の完成版は6月に公開済みでしたが、今回の査読誌掲載で、作り方と雌雄比較の結果がまとまって検証可能になった形です。

16万6,691個の神経を、脳から神経索まで切らずに追った

地図には166,691個のニューロン(神経細胞)と、約1億2,500万のシナプス結合(神経細胞が信号を渡す接点)が入っています。
細胞型の分類は11,691種類です。
Google Researchは、ニューロン数で見て過去最大の脳地図だと説明しています。

範囲は中心脳だけではありません。
左右の視葉と、脳から胴体へ伸びる腹側神経索までを、首の接続部を保ったまま収めました。
腹側神経索は昆虫で脊髄に近い役割を担う部分です。
これによって、光や匂いを受ける細胞から、飛ぶ・歩くといった動きを出す細胞までを同じデータ上でたどれます。

2020年に公開された雌の半脳地図は2万5,000ニューロン、2,100万結合でした。
今回の地図は対象範囲が違うため単純な性能比較はできませんが、研究者が検索できる回路の広さは大きく変わりました。
ひとつの領域で終わっていた路線図に、乗り換え先と終点まで書き込まれたような変化です。

用語の補足
  • コネクトーム — 神経細胞の位置と、どの細胞がどの細胞につながるかを一覧にした配線図です。
  • シナプス — 神経細胞どうしが信号を受け渡す接点です。数が多いだけで働きが強いとは限りません。
  • 腹側神経索 — 昆虫の腹側を通り、脳と運動器官を結ぶ神経の束です。人の脊髄に似た役割を持ちます。

AIが線を引き、人が「本当に同じ細胞か」を確かめた

完成までの工程は、画像生成AIに一枚絵を描かせる作業とはまったく違います。
研究チームは中枢神経系を66のブロックに分け、表面を薄く削っては撮る処理を繰り返しました。7台の電子顕微鏡を1年動かし、神経の膜が見える細かさの画像を集めています。

そこからAIが、平面画像の切れ目をつなぎ、同じ神経細胞に属する画素を追いかけ、三次元の形へ組み立てました。
使われた中心技術の一つがフラッドフィリング・ネットワークです。
画像の一点から始め、同じ物体に属する領域を少しずつ塗り広げる方法で、細長く枝分かれする神経を追跡します。

ただし、AIの出力がそのまま完成版になったわけではありません。
神経が隣の細胞へ誤ってつながった場所や、細い枝が途中で切れた場所を専門家が直し、既知の細胞型や遺伝子情報と照らして名前を付けました。
Googleは、形の検証と注釈だけでも今なお年単位の人手が要ると説明しています。

電子顕微鏡画像が検索可能な神経回路データになるまでの分業を示す縦長図。問いは、AIだけで全配線図を作れたのか。左から右または上から下へ、試料を66ブロックに分ける、7台の電子顕微鏡で1年間撮像する、AIが画像をつないで神経とシナプスを三次元化する、人が誤接続を修正して細胞型を注釈する、公開データベースで回路を検索できるようにする、の5工程を示す。一文の答えは、AIが追跡量を引き受け、人が正しさと意味を受け持ったから完成した、とする。ニューロン総数とシナプス総数は概要図の担当なので載せない

ここでのAIの価値は、研究者の判断を置き換えたことではありません。
人が一つずつ線を引けば終わらない量の候補を先に作り、人は誤りや意味づけに集中できるようにしたことです。
自動化の成果を測るなら、人員をゼロにできたかではなく、人が見るべき場所をどこまで狭められたかが基準になります。

違いは4.8%でも、行動の分かれ道に集まっていた

雄と雌の地図を細胞型ごとに突き合わせると、7,205種類はほぼ同じ形と接続を持つ「同型」でした。
一方で、雄だけにある型が262、雌だけにある型が69、両方にあるものの形や接続が違う型が114見つかりました。
雄の中心脳では、雄特異型と雌雄差型を合わせて4.8%です。

小さな割合だから影響も小さい、とはなりませんでした。
違いは、匂いを最初に受ける場所や脚を直接動かす末端より、複数の情報をまとめて行動を選ぶ高次の領域に集まっていました。
入口と出口の多くを共有しながら、中間の分岐器だけを差し替えることで、求愛や攻撃といった異なる行動へ信号を振り分ける構造です。

ここで大切なのは、4.8%がニューロン数の割合ではなく、研究チームが比較した細胞型の割合だという点です。
また、配線の違いが行動の原因だと地図だけで証明されたわけでもありません。
地図は「この経路を操作すれば確かめられる」という仮説を、全体像から選べるようにします。

実験は「見つけてから調べる」から「地図で絞って試す」へ

公開データはCC-BYで提供され、神経の形、接続表、シナプス位置、細胞型をブラウザーやプログラムから検索できます。
たとえば味覚が歩行をどう変えるかを知りたい研究者は、味を受ける細胞から運動細胞までの候補経路を先に地図で絞り、途中の細胞を実験で止めて結果を確かめられます。

これは、地図そのものが答えを出すというより、外れやすい実験を減らす仕組みです。
設備や人員が限られる研究室ほど、最初に試す回路を狭められる価値が大きくなります。
公開データなので、地図を作ったチーム以外も同じ座標と細胞名を使えます。
別々の論文の結果をつなぎやすくなることも、地味ですが効きます。
同じ地図を参照できれば、追試でも操作した細胞を取り違えにくくなります。

一方、配線図は静止画です。
信号がいつ流れたか、接続の強さが経験でどう変わるか、神経伝達物質が回路全体をどう調整するかまでは載っていません。
1匹の地図から、すべての雄に共通する個体差の範囲も決められません。
AIの設計図としてそのまま移植できるものでもなく、計算の仕組みを検証するための制約条件が増えた、と捉えるのが安全です。

見立てと監視ポイント

腹落ち確認の問い

全配線図が完成したなら、ハエの行動は地図だけで説明できるのでしょうか。説明できないとすれば、次に何を測る必要がありますか。

考え方

配線図が教えるのは、信号が通り得る道です。
実際にどの道が使われたかを知るには、行動中の神経活動、接続ごとの強さ、神経伝達物質による調整が要ります。
さらに複数個体を比べなければ、雄雌の差と個体差を切り分けられません。
地図の完成は答えの完成ではなく、次に測る場所を全体から選べるようになったことが核心です。

もっと詳しく知りたい人へ

出典(一次/二次の切り分け)

一次で照合したもの

  • Google Research(2026年9月3日) — Cell掲載日、16万6,000超のニューロン、1億2,500万結合、AI再構成と人の検証、2020年地図との比較。
  • HHMI Janelia、PubMed、MaleCNS — 166,691ニューロン、11,691細胞型、雌雄比較の内訳、公開日、CC-BYの提供条件。
  • UKRI(2026年9月4日) — 66ブロック、電子顕微鏡7台・1年という撮像工程。結合数は1億2,400万と丸めており、本稿はGoogleの約1億2,500万表記を採用しました。

二次で確認したもの

  • Live ScienceとArs Technica — 研究の位置づけ、同時掲載された応用研究、静的地図と個体差に関する限界を確認しました。数値は一次資料を優先しています。

確認できなかったもの

  • Cell本文は通常URLとJina経由の双方で取得できませんでした。論文の掲載日・要旨・主要数値は、Google Research、HHMI Janelia、PubMed、UKRIの一次ページを相互照合しています。