AIの計算を「電気」から「光」に移す賭け — 英国の25歳が興したチップ会社に約460億円、評価額は半年で3倍
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AIの計算を「電気」から「光」に移す賭け — 英国の25歳が興したチップ会社に約460億円、評価額は半年で3倍

- 英国のAIチップ新興OLIXが、3億1,200万ドル(約460億円)の資金調達で評価額33億ドル(約4,900億円)に到達しました。2026年2月の評価額約10億ドルから半年で3倍です。
- 同社は電気ではなく光で計算する推論専用チップを作り、AI半導体で奪い合いになっている高帯域メモリ(HBM)を使わず、代わりにSRAMを積む設計で供給網の弱点を避けます。
- 狙いはLLMが答えを1文字ずつ生む「decode(デコード)」という重い工程です。ただし初出荷は2027年下期の計画で、光チップは量産と歩留まりでこれまで多くが頓挫してきた領域でもあります。
生成AIの計算は、この数年ずっと同じ形をしてきました。電気を流すGPUに、高帯域メモリ(HBM)という高価な部品を貼り付け、大量の電力で動かす形です。
そこへ、根っこの物理から作り替えると宣言する会社が、大きな資金を集めました。
英国のOLIXは、電気の代わりに光でAIの計算をこなすチップを掲げ、2026年8月3日に3億1,200万ドルの調達を発表します。
率いるのは25歳の創業者です。
半年で評価額が3倍になった、光チップの資金調達
まず起きた事実は、まだ製品を出荷していない会社が、半年で評価額を3倍にしたことです。 金額の推移から並べます。
| 時点 | ラウンド | 調達額 | ポストマネー評価額 |
|---|---|---|---|
| 2026年2月 | Series A | 2億2,000万ドル | 約10億ドル |
| 2026年8月3日 | Series B | 3億1,200万ドル | 33億ドル |
累計の調達額は5億3,200万ドル(約790億円)に達しました。
今回のSeries Bには、半導体設計のArm、クオンツ運用のHudson River Trading、新規のFundomoが加わり、Netflix共同創業者のReed Hastings氏が個人で出資しています。
既存投資家も全社が追加出資しました。
注目されるのは、英国政府の「Sovereign AI(ソブリンAI)」ベンチャーファンドが参加した点です。
国が自前でAIと半導体の基盤を育てる狙いで、公的資金がスタートアップのチップ開発に直接入りました。
複数の海外メディアは、この調達を欧州の半導体スタートアップとして史上最大級と位置づけています(OLIX自身は「史上最大」とは表現していません)。
会社は2024年にロンドンで生まれ、旧社名をFlux Computingといいました。
創業者兼CEOのJames Dacombe氏は25歳、投資家ピーター・ティール氏の奨学生(Thiel Fellow)出身です。
取締役にはインターネットの土台技術を作ったStanford名誉教授のNick McKeown氏が加わり、CFOには送金大手Wiseで9年務めたMatt Briers氏が就きました。
若い会社に、実装と上場を知る経験者が並ぶ布陣です。
なぜ「光」で「decode」で「HBM無し」なのか
この設計の肝は、AI推論のいちばん重い工程を狙い撃ちし、そこで電気とHBMという二つの制約を同時に外そうとしていることです。 順に分解します。

一つ目は「どの工程を狙うか」です。
LLMの推論は、質問文を読み込む「prefill(プリフィル)」と、答えを1文字(トークン)ずつ生み出す「decode(デコード)」に分かれます。
decodeは1トークン作るたびにモデル全体をメモリから読み直すため、計算そのものよりメモリの読み出し速度が全体を縛ります。
OLIXの初号チップDX-1は、この重いdecode段に特化します。
二つ目は「なぜ光か」です。
電気の配線は、速く大量に信号を通すほど発熱と消費電力が増えます。
光ファイバーで信号をやり取りすれば、遅延と電力を抑えたまま多数のチップをつなげます。
OLIXはモデルを多数のチップに広げ、工場の生産ラインのように工程を分担させる「X-1」という仕組みを掲げ、100億〜1,000億パラメータ級のモデルで1ユーザーあたり毎秒1万トークン超という性能を主張します。
三つ目は「なぜHBMを使わないか」です。
今のAI GPUは、HBMという高帯域メモリを積むのが常識で、その生産は世界で数社に集中し、奪い合いが続いています。
OLIXはHBMを使わず、チップに直接載る高速メモリ(SRAM)を採る設計にしました。
面積は食いますが、HBMの争奪戦と先端パッケージングへの依存を避けられるのが利点です。
この記事の用語(クリックで展開)
- 推論(inference)/学習(training) — 学習は大量データからAIモデルを作る工程、推論は完成したモデルを使って実際に答えを出す工程。利用が広がるほど推論の計算量が積み上がる。
- prefill / decode — 推論の2工程。prefillは入力文をまとめて読む段階(並列化しやすい)、decodeは答えを1トークンずつ順に生む段階(メモリ帯域が律速で重い)。
- HBM(高帯域メモリ) — GPUに貼り付ける高速メモリ。生産がSK Hynix・Samsung・Micronなど少数に集中し、AIブームで供給が逼迫している。
- SRAM — チップに直接作り込む高速メモリ。HBMより単位面積あたりの容量は小さいが、外付けのHBMや先端パッケージングを必要としない。
- フォトニクス(光コンピューティング) — 電子ではなく光子(光)で信号伝送や演算を行う技術。発熱と遅延を抑えられる一方、量産・歩留まりの難しさが長年の壁。
HBMの争奪戦を「降りる」ことの意味
この設計が投資家を動かした核心は、AI半導体の最大のボトルネックを正面から取りにいかず、脇へ回避する道を示した点にあります。 いま業界の値付けは、ここに反応しています。

主流のGPUとHBMの構成は、足りなければ増設して解こうとします。OLIXはそのボトルネックを光とSRAMで迂回する設計です。ただし迂回が本当に効くかは、2027年下期の量産と歩留まり次第です。
現在のAI計算は、実質的に一社が握るGPUと、数社が握るHBMという二重の隘路の上に乗っています。
GPUを増やしたくてもHBMが足りず、先端パッケージング(複数の部品を高密度で貼り合わせる工程)の枠も逼迫しています。
この構造では、AIインフラを増やす企業のコストは、部品の奪い合いに左右されます。
OLIXの提案は、この隘路を「別の道で迂回する」ことです。
decode段だけを光とSRAMで置き換えれば、その部分についてはHBMの調達競争から外れ、電力と発熱も抑えられる——という筋書きです。
AIの利用が広がるほど、学習より推論の計算が積み上がるため、推論のコストを下げる技術は買い手の関心を引きます。
この見立てを、投資家は評価額で表現しました。
まだ売上のない会社に半年で33億ドルの値を付けたのは、量産に成功したときの市場の大きさを先に買っているからです。
逆にいえば、この3倍の評価は「2027年下期の出荷が計画どおり進む」という前提の上に立ち、前提が崩れれば一気に見直されます。
売上ゼロでこの評価という事実は、期待の大きさと同時に、実装リスクの大きさも映しています。
技術の歴史も、この期待を冷静に見る材料になります。
光コンピューティングは20年にわたり「あと5年で実用化」と言われ続け、多くが量産・歩留まり・パッケージングの壁で頓挫してきました。
OLIXのDX-1が示す毎秒1万トークンという数字は、現時点では自社のクレームで、第三者の検証はこれからです。
既存のGPUは製品もソフトウェアの土台も成熟しており、追う側はチップ性能だけでなく、開発者が使える環境まで揃える必要があります。
見立てと監視ポイント
この先を左右するのは資金調達の額よりも、「出荷の現実」「光の歩留まり」「HBM依存の緩和」の3か所です。 見るべき点を絞ります。
- 2027年下期の出荷とベンチマーク: 計画どおりDX-1が顧客へ渡り、毎秒1万トークンや電力あたり性能が第三者の環境で再現されるか。ここが実証されて初めて、評価額の前提が裏づけられます。
- 光チップの量産・歩留まり: 光コンピューティングがこれまで越えられなかった量産と歩留まり、ソフトウェアの成熟をどこまで詰められるか。試作の性能と量産の歩留まりは別問題です。
- HBM依存の緩和とAI推論コスト: SRAM+光という設計が実際にHBM争奪戦の外側でコストを下げられるか。ここが効けば、AIインフラを増やす企業の調達計画から、HBMという単一のボトルネックの重みが一段軽くなります。
腹落ち確認の問い
OLIXはまだ製品を出荷していないのに、半年で評価額が3倍の33億ドルになりました。
もしあなたがAIデータセンターの投資計画を立てる立場で、この会社の技術が2027年下期に本当に量産に乗ると仮定するなら、自社のGPU・HBMの調達計画のどこを、いつ、どう見直し始めるでしょうか。
「光チップが立ち上がるかどうか未確定」という不確実性と、「立ち上がればHBMの制約が緩む」という含意を、どう両立させて計画に織り込むかを手がかりに考えてみてください。
考え方
実務では、技術の不確実性を「調達の前提」と「監視の対象」に分けて扱うのが現実的です。
まず、いま確定している計画は依然としてGPU+HBMの前提で堅く組みます。
OLIXのような光チップはまだ売上ゼロ・出荷前で、2027年下期の計画が崩れる確率も小さくないため、これを当てにして今の調達量を削るのは早すぎます。
一方で、「立ち上がればHBMの争奪戦の外側でdecodeコストが下がる」という含意は、来期以降の設備計画に効くシナリオとして監視リストに載せる価値があります。
したがって、短期の調達はHBM逼迫の前提を維持しつつ、OLIXの出荷実績・第三者ベンチマーク・歩留まりという3つの節目を監視し、量産が現実味を帯びた段階で初めて、推論コストとHBM依存度の前提を引き下げる——という二段構えになります。
売上ゼロの評価額3倍という数字に引きずられず、「期待」と「実装の現在地」を切り分けて計画に落とせるかが、この調達を実務に使う力です。
関連リンク
- 一次(公式): OLIX raises $312M Series B(olix.com)
- 二次(解説): Chip startup Olix raises $312m at $3.3bn valuation, backed by UK gov't Sovereign AI venture fund(DataCenterDynamics)
- 半導体の下地: 半導体業界基礎ガイド_詳細版
- 需給の文脈: GPU市場動向と個人向けLLM環境
- 関連する深掘り(HBM・メモリ需給): kioxia-q1fy27-memory-supercycle-buyback
- 関連する深掘り(AI半導体の競争構造): amd-q2fy26-datacenter-nvidia-challenge
出典(T2契約)
- primary_source: OLIX「Company raises Series B」(2026年8月3日発表)
- primary_source_url: https://olix.com/news/company-raises-series-b
- primary_source_checked_at: 2026-08-07
- secondary_source: DataCenterDynamics「Chip startup Olix raises $312m at $3.3bn valuation」(2026年8月3日)/Crypto Briefing/Yahoo Finance/BusinessCloud
- secondary_source_url: https://www.datacenterdynamics.com/en/news/chip-startup-olix-raises-312m-at-33bn-valuation-backed-by-uk-govt-sovereign-ai-venture-fund/
- source_confidence: High
- factcheck: 調達額3億1,200万ドル・評価額33億ドル・2026年2月の前回ラウンド2億2,000万ドル(評価額約10億ドル・Series A)・累計5億3,200万ドル、新規投資家Fundomo/Arm/Hudson River Trading・エンジェルReed Hastings・既存6社の増額、英政府Sovereign AI venture fund参加、プラットフォームX-1/初号チップDX-1(decode段特化)/SRAM採用でHBM不使用/光インターコネクト/100Bモデルで毎秒1万トークン超、初出荷2027年下期、取締役Nick McKeown・CFO Matt Briers、CEO James Dacombe(25歳・Thiel Fellow・2024年ロンドン創業・旧Flux Computing)をOLIX公式プレスとDCDでWebFetch照合(r.jina.ai経由)。反証1パス:『欧州史上最大級』は二次媒体の位置づけ(公式は超級表現なし)、毎秒1万トークン等は自社クレームで第三者検証前、光コンピューティングの量産・歩留まりの壁とH2 2027出荷が未実現の計画である点を本文で明示。競合個社比較(Lightmatter等)は一次報道に明示がなく業界文脈として概説にとどめた。