📚 業界ノート

航空燃料になる成分を、量を落とさず増やした — 合成ガス触媒が越えた「作り分け」の壁

深堀AI・イノベ2026-09-12

【科学・エネルギー技術】連載・AI・イノベ【科学・素材化学】中国【経済・旅客航空】

#SAF#持続可能な航空燃料#合成ガス#フィッシャー・トロプシュ合成#触媒#コバルト#マンガン#ゼオライト#航空#脱炭素

目次
  1. 82.8%を反応させ、67.5%を狙った長さへ寄せた
  2. 金属で鎖を伸ばし、穴と酸で長さを整える
  3. 粉末の好成績を、装置で使える粒へ移した
  4. 年10万トンの試算は、実績ではなく前提の束
  5. 「航空燃料の範囲」と「飛ばせる燃料」は同じではない
  6. 予算へ置くなら、販売量を段階ごとに細くする
  7. 見立てと監視ポイント
  8. 腹落ち確認の問い
  9. もっと詳しく知りたい人へ

航空燃料になる成分を、量を落とさず増やした — 合成ガス触媒が越えた「作り分け」の壁

合成ガスから航空燃料に向く成分を作るとき、反応量と作り分けを同時に高めた新触媒の意味を示す概要図。問いは、量を増やすと狙った長さから外れる壁をどう越えたか。コバルトとマンガンの二重活性点で一酸化炭素を反応させ、細孔と適度な酸性を持つゼオライトで炭素鎖を航空燃料域へ整える因果を示す。根拠数値はCO転化率82.8%、C8〜16選択率67.5%、再循環パイロットで液体中78.9%。結論は、触媒は有力な量産部品になったが、完成燃料の認証と原料由来の排出削減は別に確かめる、とする

たくさん反応させるほど、欲しい長さの分子から外れていく。合成ガスから航空燃料を作る触媒には、そんな「量か、作り分けか」の壁がありました。

中国科学院上海高等研究院などの研究チームは、両方を同時に引き上げるコバルト・マンガン触媒を開発しました。
論文は2026年9月11日、Nature Communicationsに掲載されています。
成果は試験管の中だけでなく、粉末を粒状に固めた触媒、排ガスを戻すパイロット装置、年1,000トン規模の設備試験へ進んでいます。
ただし、ここでできたのは航空燃料に向く炭化水素の留分です。
そのまま旅客機へ給油できる完成品とは分けて読む必要があります。

82.8%を反応させ、67.5%を狙った長さへ寄せた

原料は、一酸化炭素と水素を主成分とする合成ガスです。研究チームは230℃、1.5メガパスカル、原料中の水素と一酸化炭素の比率を2対1にした条件で、一酸化炭素の82.8%を反応させました。

できた炭化水素のうち、炭素原子が8〜16個つながった成分の選択率は67.5%でした。
このC8〜16(炭素数8〜16)の範囲は、航空用ケロシンの主要な長さに重なります。
比較試験では、同じ金属を通常のシリカへ載せた触媒のC8〜16選択率は32.3%、未処理のBetaゼオライトでは47.8%でした。
金属の組み合わせだけでなく、土台の作り方が生成物の行き先を変えています。

ここで数字の分母をそろえることが重要です。
82.8%は原料の一酸化炭素が反応した割合、67.5%は生成した炭化水素のうち狙った炭素数へ進んだ割合です。
投入した原料の67.5%が完成SAFになった、という意味ではありません。
論文補足が示す同条件での「ジェット燃料収率」は55.9%です。

用語の補足
  • SAF — 持続可能な原料から作り、従来の航空燃料よりライフサイクルの温室効果ガスを減らす航空燃料です。原料と製法、認証条件まで含めて判定されます。
  • 合成ガス — 主に一酸化炭素と水素からなる混合ガスです。バイオマス、廃棄物、回収した二酸化炭素など、複数の入口から作れます。
  • 選択率 — 反応でできた複数の物質のうち、狙った物質へ進んだ割合です。原料全体から得られた最終製品の割合とは異なります。
  • ゼオライト — 分子ほどの小さな穴と酸性を持つ結晶です。分子が通る道と反応する場所を同時に調整できます。

金属で鎖を伸ばし、穴と酸で長さを整える

使われたのは、コバルトとマンガンを、アルカリ処理したBetaゼオライトへ載せた触媒です。
反応中の測定では、金属状態のコバルト粒子と、原子単位で離れた部分酸化状態のマンガンが共存していました。
どちらか一方だけの比較触媒では、反応量かC8〜16への作り分けが弱く、二つが近くにあると性能が上がりました。

コバルト側は一酸化炭素をほどき、炭素の鎖を伸ばす中心になります。
マンガンとの組み合わせが、その反応の進み方を調整します。
さらにBetaゼオライトを軽く削ると、もともとの細い穴に加えて少し広い通路ができます。
生成途中の長い分子が詰まりにくくなり、適度に弱められた酸性の場所で枝分かれや長さの調整が進みます。

強く削ればよいわけではありません。
処理を強めた触媒は穴が増える一方、狙った成分の収率が最適点から下がりました。
反応させる金属、分子を運ぶ穴、形を整える酸性。
この三つのバランスが、量と作り分けの両立を支えています。

粉末の好成績を、装置で使える粒へ移した

粉末触媒は成績がよくても、そのまま大型装置へ詰めると圧力が上がり、熱も逃がしにくくなります。
研究チームは触媒を直径2ミリ、長さ5ミリの円柱状に成形し、10グラムを固定床反応器(触媒を動かさずガスを通す装置)で試しました。

成形後の定常運転では、一酸化炭素転化率67.3%、C8〜16選択率69.2%でした。
粉末の82.8%より転化率は下がったものの、狙った長さへの作り分けは維持されています。
成形材で穴がふさがれたり、局所的な高温で反応が暴れたりする問題を完全には避けられない中で、装置へ載せるための一段を越えた結果です。

さらに未反応ガスを入口へ3倍量戻すと、1回の通過だけでなく系全体として一酸化炭素転化率は92.4%まで上がりました。
液体生成物のうちC8〜16は78.9%、コバルト1グラム当たり1時間の生産性は5.154グラムです。
これは循環を含む別条件の数字で、粉末試験の67.5%と直接足し引きできません。

新触媒の数字を実験室、成形パイロット、事業化の三段階に分け、同じ割合に見える数値の分母が違うことを示す縦長図。問いは、67.5%や78.9%をそのまま販売可能なSAF量に置けるか。実験室ではCO転化率82.8%と炭化水素中C8〜16選択率67.5%、成形パイロットではCO転化率67.3%とC8〜16選択率69.2%、ガス再循環時は液体中C8〜16比率78.9%と示す。その下に、精製歩留まり、燃料規格、稼働率、原料の炭素強度を通って販売量になる流れを置く。答えは、触媒の割合は出発点であり、事業計画の販売量には四つの補正が要る、とする

補足資料には、24時間、48時間、500時間後の触媒に付いた炭素量が大きく増えていないとの分析もあります。
一方、航空燃料設備は年単位で動きます。
500時間は有力な耐久データですが、交換周期や保守費を決めるにはまだ短い時間です。

年10万トンの試算は、実績ではなく前提の束

研究チームは、バイオマス由来の合成ガスから年10万トンのSAFを作る想定で経済性も試算しました。
固定投資は3億9,629万ドル、年間運転費は1億1,389万ドルです。
販売単価を1トン当たり2,950ドル、副産物も販売する前提では、減価償却前後の採算が成立するモデルになっています。

この金額は、稼働中の工場で確認した原価ではありません。
原料費は年間6,667万ドル、電力・蒸気・水素精製などのエネルギー費は2,778万ドルと置かれています。
原料の地域価格、設備稼働率、建設費、借入金利、認証費、販売契約が変われば結果も動きます。
研究成果の比較には役立ちますが、投資決定には現地条件での組み直しが必要です。

IATAは、2026年の世界のSAF生産量を約240万トン、航空燃料需要の0.8%と見込みます。
2050年に必要とする約5億トンとの差は250倍を超えます。
触媒の改善はこの差を縮める部品ですが、原料、再生可能エネルギー、工場、認証、長期購入契約まで同時に増えなければ、論文の生産性は供給量へ変わりません。

「航空燃料の範囲」と「飛ばせる燃料」は同じではない

C8〜16に入っていることは、蒸留する温度帯を狙えているという大切な前進です。
ただし航空燃料には、凍りにくさ、燃え方、密度、潤滑性、芳香族成分などの規格があります。
EASAは、バイオマスガス化とフィッシャー・トロプシュ合成の経路を技術成熟度6〜8と整理し、芳香族を含むかどうかも100%利用に関わると説明しています。

さらに「持続可能」は触媒だけでは決まりません。
石炭から作った合成ガスと、廃棄物や持続可能なバイオマスから作った合成ガスでは、同じ炭化水素でもライフサイクル排出量が違います。
水素の製法、ガス化に使う熱、土地利用、輸送まで含めて初めて排出削減を評価できます。

予算へ置くなら、販売量を段階ごとに細くする

この技術を事業計画へ入れる場合、論文の選択率をそのまま売上数量に掛けません。
まず年間投入量に稼働率を掛け、合成ガス精製で使える量を出します。
次に触媒反応の転化率と選択率、後段の分離・水素化・異性化の歩留まりを重ね、最後に燃料規格へ合格する割合を置きます。

投資は一括承認より、耐久運転、製品規格、ライフサイクル評価、長期購入契約の順に区切るほうが扱いやすくなります。
各段階で未達なら次の設備投資を止められます。
触媒価格が安くても原料調達が不安定なら工場は止まり、反対に製造原価が高くても長期の価格保証があれば資金調達の条件は変わります。

見立てと監視ポイント

腹落ち確認の問い

液体生成物の78.9%が航空燃料と同じ炭素数になったとしても、事業計画の販売可能なSAF量を78.9%で置けないのはなぜでしょうか。

考え方

78.9%は、ガスを3倍量再循環した条件で得た液体生成物の中のC8〜16比率です。
投入原料の全量を分母にした数字ではなく、分離や精製の損失、装置の停止時間、燃料規格への適合率も含みません。
さらにSAFとして販売するには、原料由来を含む持続可能性の認証が要ります。
転化率、選択率、後段歩留まり、稼働率、認証合格率を別々に掛けて初めて販売量になります。

もっと詳しく知りたい人へ

出典(一次/二次の切り分け)

一次で照合したもの

  • Nature Communicationsの2026年9月11日付論文ページ — 掲載日、CO転化率、C8〜16選択率、触媒構造、パイロット試験の結論を確認しました。
  • 同論文の補足資料 — 実験条件、比較触媒、10グラム成形触媒、ガス再循環、500時間後の炭素付着、年1,000トン設備、年10万トン想定の経済性前提を確認しました。
  • IATAとEASAの公式ページ — 供給量の現状、2050年までの拡大量、認証、合成ガス経路の成熟度を確認しました。

反証で残った限界

  • 主要性能は研究チームが定めた反応条件での値です。年1,000トン設備の年間実生産量、製品の全燃料規格、長期の交換周期は本文と補足資料だけでは確定できません。年10万トンの採算は売価、原料費、設備費などを置いたモデルで、商用工場の実績ではありません。合成ガスの由来が持続可能でなければ、同じ触媒を使ってもSAFとしての排出削減は成立しません。