第4号 ティアフォーIPOを読み解く——日本の自動運転はどこまで来たのか、投資家は何を確認すべきか
第3章バリュエーション——何と比べ、何が比較できないのか
赤字企業にPERは使えません。売上倍率で並べます。基準日は2026年7月9日(米国終値)、為替は161.70円/ドル(日銀公表・7月10日)です。
| 企業(市場) | 事業・段階 | 時価総額 | EV | 売上高 | EV/売上 | EV/EBITDA | 損益 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| ティアフォー(東証G予定) | AVソフト・実証中心 | 645〜689億円※1 | 未算定※2 | 64.1億円(FY2025) | PSR 10.1〜10.8倍※2 | 該当なし | 純損失△48.0億円 |
| Mobileye(Nasdaq) | ADAS/AVチップ供給 | $8.0B(約1.3兆円) | $6.8B | $2.01B(TTM) | 約3.4倍 | 該当なし※3 | GAAP赤字※3 |
| Aurora(Nasdaq) | 無人トラック | $12.3B(約2.0兆円) | 約$11B | $0.004B(TTM) | 参考外※4 | 該当なし | 純損失$8.2億(FY2025) |
| Pony.ai(Nasdaq) | ロボタクシー | $2.9B(約4,700億円) | $1.9B | $0.11B(TTM) | 約17倍 | 該当なし | 純損失$0.5億(Q1) |
| WeRide(Nasdaq) | ロボタクシー | $1.8B(約3,000億円) | $1.0B | $0.11B(TTM) | 約9.3倍 | 該当なし | 純損失RMB3.9億(Q1) |
| (参考)Waymo | ロボタクシー最大手 | 評価額$126B(未上場・2026年2月ラウンド) | — | 非開示 | — | — | 非開示 |
※1:仮条件1,015〜1,085円×発行済63,524,090株。潜在株式6,133,000株(13.3%)を含めるとその分大きくなります。公募価格は7月13日決定予定。
※2:ティアフォーは借入残高の明細とIPO調達完了後の現金が確定しないためEVを算定せず、時価総額ベースのPSRで代替しています。
手取約193億円が現金に加わるため、EVは時価総額よりかなり小さくなる見込みです。
また売上の基準期間が同社はFY2025(〜2025年9月)、他社はTTM(〜2026年3月)とずれています。
※3:MobileyeのGAAP赤字はIntel買収時のれんの非現金減損$37.9億(2026年Q1)が主因で、調整後は営業黒字・営業CFもプラスです。
EBITDAが赤字または減損で歪む企業のEV/EBITDAは「該当なし」としました。
※4:Auroraは売上が立ち上がり前(TTM約400万ドル)のため、売上倍率は数千倍となり指標として意味を持ちません。
出所:stockanalysis.com・companiesmarketcap.com(時価総額・2026年7月9日終値)、各社SEC提出書類・IR、EDINET届出書。
EVと倍率は上記からの筆者計算。
この表から読めることは3つあります。第一に、ティアフォーのPSR約10倍は、商用運行で先行するPony.ai(約17倍)とWeRide(約9倍)の間に収まる水準だということ。
第二に、Auroraのようにこの業界の株価は売上ではなく「物語」で動くことがあるということ。
第三に、売上倍率が近くても、売上の中身(ティアフォーは公的案件中心、中国勢は運賃収入)がまるで違うことです。
もうひとつ、値付けの経緯も材料になります。
直前の資金調達(2025年12月・JR東海への第三者割当)の株価は、株式分割調整後で1株2,000円でした。
仮条件1,015〜1,085円はそこから約46〜49%のディスカウントです。
未上場時の推計評価額(約1,037億円・スピーダ調べのデータベース推計で一次開示ではありません)と比べても3割以上低い、いわゆるダウンラウンドIPOです。
前回より安く買える、と読むこともできますし、未上場時の期待値が市場で通らなかった証拠、と読むこともできます。少なくとも「値付けが控えめだから割安」と短絡できるものではありません。
8. 投資家が見るべき5つの論点
ここまでを、上場後も確認し続けられる5つの論点に絞ります。
論点1: 実証から商用への転換速度。
前向きなシグナルは、柏の葉型のレベル4営業運行や先行的事業化13地域の案件をティアフォーが受注し、実装地域数(直近50地域)が「運行収入つき」で増えること。
注意すべきは、実証件数だけが増えて1件あたり売上が小さいままのパターンです。
論点2: 売上の質——官需から民間量産へ。
前向きなのは、Development(量産開発・現在売上の20.8%)の比率上昇、開発顧客数(直近13社)の増加、そして初の台数連動ロイヤルティ計上です。
注意すべきは、NEDO・経産省向け比率(約30%)の一段の上昇や、補助金収入の減少です。
論点3: 研究開発投資と資金消費。
前向きなのは、粗利率(直近25.7%)の改善と営業キャッシュフロー流出(年73億円)の縮小。
注意すべきは、現金残高の減少ペースが早まること、そして黒字化前の追加増資です。
四半期ごとに現金残高÷流出ペースを自分で割り算するだけで確認できます。
論点4: 海外勢との差別化の持続。
前向きなのは、Autoware採用の広がり(協業18社→拡大)と海外案件の受注。
注意すべきは、Waymoの東京商用開始やNVIDIA・Wayve系の量産採用が国内で決まること、完成車メーカーの内製化です。
論点5: 株価期待と事業進捗のギャップ。
前向きなのは、事業会社中心の安定株主(VC比率15.4%と低め)と180日のロックアップ。
注意すべきは、ロックアップに主幹事の裁量解除条項があること、潜在株式13.3%、そして初値が事業進捗と無関係に急騰した場合の反動です。
ダウンラウンドでの上場という経緯自体が、期待値の調整がすでに一度起きたことを示しています。
9. まとめ——熱狂ではなく、確認を
日本の自動運転は「制度は世界水準、実装はこれから」の段階です。
レベル4の許可制度と責任の枠組みは整い、政府は2027年度までに100カ所以上を掲げますが、走行実績はまだ一桁。
米中の商用運行とは距離があり、その米中勢すら全社ベースでは黒字を出せていません。
ティアフォーは、この市場に対する日本のほぼ唯一の上場純粋プレイです。
オープンソースのエコシステム、制度対応の先行実績、事業会社の分厚い株主網は本物の資産です。
同時に、売上の中心はいまだ公的案件、研究開発は補助金と一体、黒字化時期は未開示、そして値付けはダウンラウンド。
期待と検証材料が、これほど両方揃ったIPOも珍しいと思います。
最後に、この記事のフレームを転用チェックリストとして残します。ティアフォーに限らず、赤字ディープテックのIPO全般に使えるはずです。
- その会社の「市場が伸びる話」と「その会社が儲かる話」を分けて説明できるか
- 損益のどこまでが補助金・官需で、どこからが民間の反復収益か
- 現金残高÷年間流出額で、あと何年走れるか(追加増資の前提はないか)
- 比較企業と「売上の中身」まで揃えて倍率を見ているか(基準日・通貨・期間のズレも含めて)
- 直前ラウンドとの価格差・ロックアップ・潜在株式など、需給の時限装置を把握しているか
公募価格は7月13日、初値は7月22日に決まります。そこで見えるのは市場の期待値です。事業の実力は、その後の四半期開示で淡々と確認していきましょう。
出典一覧(主要なもの・2026年7月11日確認)
ティアフォーIPO・財務
- 有価証券届出書(EDINET S100Y9OA・2026年6月9日)/訂正届出書(S100YN1Q・6月29日) — 業績・株主・ロックアップ・資金使途・第三者割当
- JPX新規上場会社情報/ティアフォー上場承認リリース
- 日本経済新聞(仮条件決定)/トレーダーズ・ウェブ(593A)
- シリーズB追加調達リリース(2024年6月・累計381億円)/KDDI協業(2026年5月)/ロボタクシー実証976km(2025年2月)
日本の制度・実装
- 警察庁 自動運転/経産省 永平寺レベル4第1号(2023年5月)/経産省 柏の葉レベル4運行開始(2026年1月)/経産省 先行的事業化地域資料(レベル4実績8件)
- デジタル庁 モビリティ・ロードマップ2025/先行的事業化地域の採択(2026年3月)
- 国交省 世界初レベル3型式指定(2020年11月)/国交省 自動運転の損害賠償責任研究会報告書(2018年3月)/国交省 タクシー乗務員数の推移
- 日本交通×Waymo×GO(2025年4月)/ホンダ お台場計画(2023年10月)/日経 ホンダGM提携解消(2024年12月)/日産 横浜実証(2025年10月)/日産×Wayve確定契約(2025年12月)/トヨタ×Waymo(2025年4月)
海外プレイヤー・市場データ
- Waymo 160億ドル調達(2026年2月)/Waymo in Japan/Electrek:ラスベガス無人開始(2026年7月)
- GM Cruise撤退(2024年12月)/CNBC Teslaモニター非同乗(2026年1月)/Electrek Teslaオースティン拡大(2026年6月)
- Baidu Q1 2026決算/Pony.ai Q1 2026(SEC 6-K)/WeRide Q1 2026(SEC 6-K)/Mobileye Q1 2026(SEC 8-K・のれん減損)/Aurora:無人10路線(2026年1月)
- 時価総額: stockanalysis.com・companiesmarketcap.com(2026年7月9日終値)/為替: 日本銀行 外国為替市況(2026年7月10日)
※未上場時評価額(約1,037億円)はスピーダ(INITIAL)のデータベース推計で、会社の一次開示ではありません。レベル4走行実績「8件」は2025年6月時点の経産省資料の整理です。
本記事は情報提供を目的としたもので、特定の投資判断を推奨するものではありません。投資に関する最終決定はご自身の判断でお願いします。