📚 業界ナレッジ

日本郵船

【経済・海運業】海運業銘柄レポート更新 2026-07-27

このページ

目次
  1. 1. 事業構造 — 何で稼ぐ会社か
  2. FP&Aカード
  3. 日本郵船の事業構成
  4. セグメント別 減価償却費・設備投資(百万円)
  5. 主要取引先
  6. 競争優位性の比喩的説明
  7. 日本郵船の固有事象・資本関係の詳細分析
  8. 2. 財務の実力
  9. PL — 5期+予想(百万円)
  10. BS — 5期(百万円)
  11. BS 詳細主要科目(百万円) — 5期
  12. CF — 5期(百万円)
  13. 減価償却費明細(百万円) — 5期
  14. 受注高・受注残高
  15. 運転資本分析
  16. 配当推移 — 5期+予想
  17. 経営者予想精度
  18. 健全性チェック(事業会社基準・9項目)
  19. 3. 市場評価を読む — バリュエーション
  20. 時価総額・株価の基準
  21. 標準 NC(Net Cash)計算 — 5期推移
  22. 広義 NCAV 計算 — 5期推移
  23. CN-PER(キャッシュニュートラル PER)
  24. EV/EBITDA 分析(FY2026/3 実績ベース・現値EV使用)
  25. EV/EBITDA 感度テーブル(NC 定義別・日本郵船)
  26. 倍率ベース感応度(適用 PER レンジ)
  27. DCF 前提入力枠
  28. バリュエーション乖離コメント
  29. 4. 同業比較 — 差分の論点
  30. 競合選定基準
  31. 最新期比較テーブル(FY2026/3 実績 + 現値マーケットデータ)
  32. 競合 3期推移(売上・営業利益率・億円)
  33. 運転資本効率 — 競合比較
  34. 5. リスクと論点
  35. リスクマトリクス
  36. バリュートラップリスクの論点
  37. 6. バリュエーション統合と論点整理
  38. 乖離の構造分析
  39. 監視ポイント
  40. M&A・出資検討の論点整理
  41. 7. 学びのポイント
  42. 📚 着眼点1: 経常利益が営業利益を上回る会社の読み方 — 持分法投資利益とONE社
  43. 📚 着眼点2: 売上シェアと利益シェアのねじれ — セグメント経常利益率の分散
  44. 📚 着眼点3: 日本郵船の指標ポジショニング
  45. 参考情報
  46. ガバナンス要点
  47. 大株主構成
  48. データソースの時点差
  49. 出典一覧
  50. 定量データ
  51. 企業IR・適時開示
  52. 業界メディア
  53. 官公庁・業界団体・一般報道

日本郵船(9101)銘柄分析レポート

SUMMARY

現値基準(2026-07-27・株価5,946円)で時価総額は23,995億円
予想PER12.3倍(時価総額÷予想純利益)・予想EV/EBITDA10.59倍(標準NCベース、EBITDA予=FY2027予営業利益+FY2026実績D&A代用)。
標準NCは-9,910.52億円のネットデット(標準NC比率-41.30%)で、CN-PER(標準NCベース)は17.39倍と予想PERを上回る。
広義NCAV比率は7.92%とプラスながら低水準。
予想配当利回り3.36%(予想DPS200円÷現在株価)。
健全性スコアは93/100で海運大手3社中最高位。

指標 評価
時価総額 23,995億円 大型
予PER 12.3倍 適正
予EV/EBITDA 10.59倍 業界内で相対的に低位(商船三井14.52倍・川崎汽船12.27倍対比)
配当利回り 3.36% 中位
標準NC比率 -41.30% ネットデット
広義NCAV比率 7.92% 低い
健全性スコア 93/100 高い

1. 事業構造 — 何で稼ぐ会社か

業界全体の構造は 海運業業界基礎ガイド(および同業界のセグメント分析・プレイヤー比較)を参照。本レポートは日本郵船固有の事業構造に絞る。

日本郵船は、物流・ドライバルク・自動車船・エネルギー輸送・定期船(コンテナ船)・航空運送という6つの実輸送セグメントに加え、持分法適用会社であるONE(OCEAN NETWORK EXPRESS)を通じたコンテナ船事業を組み合わせた総合物流企業である。
FY2026/3の連結売上高は2,423,689百万円、営業利益は138,601百万円(営業利益率5.72%)、経常利益は211,135百万円、当期純利益は211,750百万円であった。
最初に押さえるべき固有の構造は、営業利益138,601百万円に対し経常利益211,135百万円と、経常が営業を725億円上回っている点である。
差の主因は営業外収益に計上された持分法投資利益850億円(うちONE社分190億円)であり、連結損益計算書の売上高には現れないコンテナ船事業の収益がここに滲み出している。

FP&Aカード

収益ドライバー: 各セグメントの収益は基本的に「船腹量×運賃・傭船料」で決まる。
定期船事業はONE社への持分法投資という形でコンテナ市況に連動する一方、自動車船・エネルギー船・ドライバルク船は日本郵船自身が船隊を保有・運航し、長期契約とスポット契約の組み合わせで収益が形成される。
長期契約比率が高いセグメントほど市況変動への耐性が強く、エネルギー事業のLNG船やターミナル運営権のような契約は収益の安定装置として機能する。
加えて、持分法投資利益850億円という「連結売上高に乗らない利益源」の存在は、単純な売上高対比の収益性評価を歪めるため注意が必要である。

コスト構造: 主要コスト項目は燃料費・港費等の運航費、船員費・船舶修繕費等の船費、借船料である。
平均消費燃料価格はFY2026/3で1トンあたり539.11米ドル(FY2025/3の618.78米ドルから低下)、平均為替レートは1米ドル150.23円(FY2025/3の152.73円から円高)で推移した。
燃料安と円高がFY2026/3のコスト面では追い風だったが、為替は外貨建て収入の円換算額を目減りさせる方向にも働くため、収入サイドと費用サイドで為替の効き方が逆になる点に注意を要する。

運転資本: 売上債権がEDINET開示ベースで全期非開示のためCCC(キャッシュコンバージョンサイクル)は算出不可である。
算出可能な範囲では棚卸資産回転日数13.28日、仕入債務回転日数49.28日(いずれもFY2026/3・売上原価ベース)で、商船三井・川崎汽船との3社比較で最長水準にある。
無理にCCCを組み立てず、算出できる指標の範囲で構造を語るべき典型例である。

資本集約度: 設備投資305,300百万円に対し減価償却費175,182百万円と、投資が償却を大きく上回る拡大局面にある。
総資産回転率は0.466回、有形固定資産は1兆6,306億円、建設仮勘定は2,766億円に達する。
新造船・ターミナル・欧州ヘルスケア物流買収という複数の投資が同時並行で進む局面を映しており、資本回転率の低下(装置産業化の進行)が読み取れる。
設立年・監査法人・主要取引銀行など、公開情報で確認できなかった項目は本稿では扱わない。

日本郵船の事業構成

セグメント別実績(FY2026/3・外部顧客向け売上・百万円)は以下の通りである。

⚠️ 海運業のセグメント利益は経常利益ベース。売上高は外部顧客向け売上(セグメント間内部売上を除く)。

セグメント 売上高 構成比 経常利益 経常利益率 前年比(売上)
物流事業 801,751 33.08% 10,215 1.27% -0.9%
ドライバルク事業 543,152 22.41% 9,574 1.76% -9.7%
自動車事業 526,130 21.71% 97,935 18.61% -1.1%
エネルギー事業 236,443 9.76% 54,418 23.02% +32.7%
定期船事業 174,639 7.21% 49,793 28.51% +0.1%
その他 101,954 4.21% -31 -0.03% -11.1%
航空運送事業 39,616 1.63% 2,158 5.45% -77.9%

セグメント別 減価償却費・設備投資(百万円)

セグメント 減価償却費 設備投資
物流事業 37,657 44,366
ドライバルク事業 31,616 83,194
自動車事業 25,173 57,280
エネルギー事業 65,574 99,881
定期船事業 8,439 4,445
その他 4,271 13,777
航空運送事業 2,420 1,380

注: 航空運送事業の売上前年比-77.9%は、2025-08-01効力発生の日本貨物航空とANAホールディングスの株式交換完了によりFY2026/3第2四半期以降連結除外となったため(開示ベースの事実)。
定期船事業の経常利益減(-224,573百万円)はONE社(持分法適用会社)の運賃市況下落による持分法投資利益の減少(FY2026/3のONE社持分法投資利益=19,000百万円、持分法投資利益合計=85,000百万円)。

この表が示す最大の論点は、売上構成比と利益構成比のねじれである。
売上高で最大の33.08%を占める物流事業の経常利益率はわずか1.27%にとどまるのに対し、売上構成比7.21%にすぎない定期船事業の経常利益率は28.51%、売上構成比9.76%のエネルギー事業も23.02%に達する。
経常利益の絶対額で見ても、売上シェア21.71%の自動車事業が979億円で最大の利益柱であり、「売上の大きいセグメント=稼ぎ頭」という単純な図式は日本郵船には当てはまらない。

FY2027/3のセグメント別会社見通し(有報MD&A「今後の見通し」)は次の通りである。

主要取引先

有報記載の主要取引先には自動車メーカー、製鉄会社、製紙会社、公共事業会社、電機メーカー、小売業者が含まれる。
有報MD&Aには「売上高に対する割合が10%以上の顧客はいません」と明記されており、特定顧客への依存度は低い。
ただしこれは裏を返せば、個社との価格交渉力が分散的で、業界横断的な市況変動の影響をそのまま受けやすいことも意味する。
個別の長期契約カウンターパーティとしては、LNG輸送でCheniere Energyの完全子会社であるCheniere Marketing Internationalとの長期定期傭船契約、アンモニア輸送でYara Clean Ammonia SwitzerlandおよびJERAとの傭船契約が挙げられる。
これらは数十年単位のインフラ型契約であり、荷主が変更困難な長期契約網であることが自動車船・エネルギー船事業の収益安定性の源泉になっている。

競争優位性の比喩的説明

日本郵船の参入障壁は、いわば「大型の専用船を何十隻も抱える物流の総合病院」に例えることができる。
自動車専用船(PCTC)・LNG船・タンカーはいずれも建造に数年を要し、一隻あたり数百億円規模の投資が必要になる。
加えて、独自安全規格「NAV9000 Plus」による安全運航ノウハウ、バルセロナ港での27年間の完成車ターミナル運営権のような希少なインフラ利権、そして自動車メーカーやエネルギー企業との数十年単位の長期契約網が組み合わさることで、新規参入者が短期間で船隊規模と信頼関係の両方を同時に再現することは難しい構造になっている。

日本郵船の固有事象・資本関係の詳細分析

FY2026/3には日本郵船のバランスシートと事業ポートフォリオを質的に変化させる3つの構造変化があった。

第一に、欧州ヘルスケア物流の大型買収である。
2025年7月に買収を発表し、同年12月に手続きを完了した欧州物流企業Waldenグループのヘルスケア物流事業は、Movianto・Eurotranspharma・Transpharma Internationalなど複数の事業体からなり、欧州12カ国・138拠点で医薬品・医療機器物流ネットワークを展開する(出典: 日本郵船ニュースリリース2025年7月17日・2025年12月19日、LNEWS報道)。
取得対象会社群は42社にのぼり、買収価額はおよそ12.5億ユーロ(約2,100億円)規模と報じられている。
この買収がのれんを22,866百万円から250,566百万円へ急増させた主因であり、会社はFY2027/3について「欧州ヘルスケア物流事業の買収に伴うのれん償却額等の計上により、物流事業の利益水準は当連結会計年度比で低下する」と明記している。

第二に、日本貨物航空の連結除外である。
2025年8月1日を効力発生日として日本貨物航空とANAホールディングスの株式交換が完了し、FY2026/3第2四半期以降の業績に日本貨物航空が含まれなくなった。
これが航空運送事業の売上高を前年比77.9%減という極端な数字にした直接の要因である。

第三に、総資産の急拡大と自己資本比率の低下である。
総資産はFY2026/3にFY2025/3比+20.2%の5,201,670百万円に達し、有利子負債はFY2025/3の739,142百万円からFY2026/3の1,201,867百万円へ462,725百万円増加した。
この結果、自己資本比率はFY2025/3の67.6%からFY2026/3の59.1%へ低下した。
これらの変化は、海運市況が本質的に持つ循環性(シクリカリティ)を、物流・ターミナル運営権のような非市況型・契約型の収益で薄めるというポートフォリオ転換の文脈で読むと一貫性がある。
すなわち、借入を増やしてでも非海運型の安定収益源を積み増す判断であり、その代償として財務レバレッジと自己資本比率の悪化を引き受けた1年であったと整理できる。


2. 財務の実力

PL — 5期+予想(百万円)

⚠️ FY2022/3のEPS 5,973.76円は2022年10月実施の1:3株式分割前(分割調整後EPS=1,991.25円)。

項目 FY2022/3 FY2023/3 FY2024/3 FY2025/3 FY2026/3 FY2027/3予
売上高(百万円) 2,280,775 2,616,066 2,387,240 2,588,700 2,423,689 2,605,000
営業利益(百万円) 268,939 296,350 174,679 210,820 138,601 145,000
経常利益(百万円) 1,003,154 1,109,790 261,341 490,866 211,135 185,000
当期純利益(百万円) 1,009,105 1,012,523 228,603 477,707 211,750 195,000
EPS(円) 5,973.76 1,993.71 468.13 1,070.32 504.85 464.91
営業利益率 11.79% 11.33% 7.32% 8.14% 5.72% 5.57%
前年比(売上) +14.70% -8.75% +8.44% -6.37% +7.5%(会社開示)
前年比(営利) +10.19% -41.05% +20.69% -34.26% +4.6%(会社開示)

BS — 5期(百万円)

⚠️ 自己資本 = 純資産 − 非支配株主持分で全期統一(shareholdersEquity単体は使用しない)。

項目 FY2022/3 FY2023/3 FY2024/3 FY2025/3 FY2026/3
総資産(百万円) 3,080,023 3,776,797 4,254,770 4,326,780 5,201,670
流動資産(百万円) 764,863 720,142 703,517 696,334 865,461
固定資産(百万円) 2,314,899 3,056,464 3,551,014 3,630,151 4,335,800
負債合計(百万円) 1,320,950 1,251,804 1,561,405 1,350,540 2,058,233
純資産(百万円) 1,759,073 2,524,993 2,693,365 2,976,240 3,143,437
自己資本(百万円) 1,713,714 2,478,641 2,650,372 2,923,765 3,071,995
自己資本比率 55.6% 65.6% 62.3% 67.6% 59.1%
BPS(円) 10,144.29 4,877.55 5,772.50 6,746.31 7,575.98

BS 詳細主要科目(百万円) — 5期

項目 FY2022/3 FY2023/3 FY2024/3 FY2025/3 FY2026/3
投資有価証券 1,146,438 1,688,380 1,813,157 1,992,649 1,975,423
現預金 226,694 196,231 144,858 149,859 210,815
短期有価証券 非開示 非開示 非開示 非開示 非開示
有利子負債 810,029 695,456 914,760 739,142 1,201,867
売上債権 非開示 非開示 非開示 非開示 非開示
棚卸資産 57,029 57,593 69,886 64,641 72,572
仕入債務 218,650 206,153 228,287 231,949 269,166
のれん 8,711 13,712 27,743 22,866 250,566

CF — 5期(百万円)

項目 FY2022/3 FY2023/3 FY2024/3 FY2025/3 FY2026/3
営業 CF(百万円) 507,762 824,853 401,414 510,755 473,358
投資 CF(百万円) -148,571 -252,964 -285,631 -59,783 -371,238
財務 CF(百万円) -237,535 -581,203 -163,420 -427,747 -33,386
FCF(営業CF+投資CF) 359,191 571,889 115,783 450,972 102,120
設備投資(百万円) 205,100 198,800 335,800 207,800 305,300

減価償却費明細(百万円) — 5期

FY2022/3 FY2023/3 FY2024/3 FY2025/3 FY2026/3
101,596 121,658 141,605 154,632 175,182

受注高・受注残高

該当なし(非受注産業)。有報MD&Aに「国際的な海上貨物運送業を中核として多角的事業を展開しているため、生産、受注の各実績を求めることが実務的に困難」と明記。

運転資本分析

⚠️ 売上債権回転日数=売上債権/売上高×365、棚卸資産回転日数=棚卸資産/売上原価×365、仕入債務回転日数=仕入債務/売上原価×365。
日本郵船は売上債権が全期非開示のためCCCは算出不可(売上債権非開示)
棚卸資産・仕入債務回転日数のみ直近期+1期前を記載(推計値で埋めない)。

項目(日数) FY2025/3 FY2026/3
売上債権回転日数 非開示 非開示
棚卸資産回転日数 11.13 13.28
仕入債務回転日数 39.96 49.28
CCC 算出不可 算出不可

配当推移 — 5期+予想

⚠️ FY2022/3のDPS1,450円は分割前(分割調整後483.33円)。
FY2022-26の配当利回りは期末時価総額÷期末発行済株式数から逆算した期末株価(実績PER×EPSと一致検算済み)を分母に使用。
FY2027予の配当利回りは現在株価5,946円を分母に使用(本レポート統一基準)。

項目 FY2022/3 FY2023/3 FY2024/3 FY2025/3 FY2026/3 FY2027/3予
1株配当(円) 1,450.00 520.00 140.00 325.00 230.00 200.00
分割調整後 DPS(円) 483.33 286.67 140.00 325.00 230.00 200.00
配当利回り 13.49% 17.39% 3.44% 6.60% 4.00% 3.36%
配当性向 24.3% 26.1% 29.9% 30.4% 45.6% 43.0%

経営者予想精度

3期分は取得できないため、Q3時点通期予想→通期実績の対が取れる2期分+期首(Q1)予想の参考行を記載。

予想売上 実績売上 乖離率 予想営利 実績営利 乖離率 予想純利益 実績純利益 乖離率
FY2025/3(Q3時点予想) 2,580,000 2,588,700 +0.34% 210,000 210,820 +0.39% 450,000 477,707 +6.16%
FY2026/3(Q3時点予想) 2,390,000 2,423,689 +1.41% 120,000 138,601 +15.50% 210,000 211,750 +0.83%
(参考)FY2026/3(期首Q1予想) 2,350,000 2,423,689 +3.14% 140,000 138,601 -1.00% 240,000 211,750 -11.77%

注: Q1〜Q3累計値と通期予想は期間スコープが異なるため、両者の乖離率を「予想比サプライズ」として計算していない(進捗率解釈のみ別途3章「決算短信」参照)。

健全性チェック(事業会社基準・9項目)

# チェック項目 基準 実績(FY2026/3) 判定
1 自己資本比率 >40% 59.1%
2 有利子負債 vs 現預金 現預金>有利子負債が望ましい 1,201,867 > 210,815 ❌(ネットデット)
3 流動比率 >150% 865,461÷873,855=99.04%
4 利益剰余金 >0 2,117,971
5 営業CF 3期連続黒字 FY2024〜FY2026連続黒字
6 配当 3期連続支払い FY2024〜FY2026連続支払
7 EPS前年比 プラス FY2026 504.85円 < FY2025 1,070.32円
8 ROE >8% 7.1%(会社開示)
9 営業利益率 業界平均(海運大手3社平均)対比 5.72% < 6.98%(3社平均)

healthScore(get_company)= 93/100(事業会社)。


3. 市場評価を読む — バリュエーション

時価総額・株価の基準

バリュエーション指標(標準NC比率 / 広義NCAV比率 / CN-PER / EV/EBITDA / 予想PER / 配当利回り / PBR)の時価総額・株価は、現値マーケットデータ(market_data_as_of = 2026-07-27)の 2,399,545 百万円 / 5,946 円 を使用した。
EDINET marketCap(期末固定値 2,332,744 百万円)は使用していない。

内部整合性チェック(±5%以内):

チェック項目 結果
5,946 円 × 403,556,142 株 ≒ 2,399,545 百万円 ✅ 一致
予想PER × 予想EPS ≒ 現在株価 12.3倍×464.91円=5,718円(現在株価5,946円との差3.8%は予想EPSの分母株数〔期中平均約419.4百万株〕と現発行株式数403.6百万株の差=2026-04-30完了の自社株28,779,900株取得・消却の反映タイミング差)
PBR × BPS ≒ 現在株価 0.78倍×7,575.98円=5,909円 ≒ 5,946円 ✅

標準 NC(Net Cash)計算 — 5期推移

(現預金 + 短期有価証券 − 有利子負債。出典: EDINET DB。有利子負債は「有利子負債の内訳」合計行。投資有価証券は含めない。短期有価証券は全期非開示のため「—」=0扱い)

NC比率の分母: 直近期(FY2026/3)は現値時価総額2,399,545百万円、過去期は期末時価総額(市場指標5期表)を使用。

項目 FY2022/3 FY2023/3 FY2024/3 FY2025/3 FY2026/3
現預金 226,694 196,231 144,858 149,859 210,815
短期有価証券
有利子負債 810,029 695,456 914,760 739,142 1,201,867
標準 NC -583,335 -499,225 -769,902 -589,283 -991,052
標準 NC比率 -31.90% -32.72% -41.01% -27.57% -41.30%(現値時価総額ベース)

広義 NCAV 計算 — 5期推移

(流動資産 + 投資有価証券×0.7 − 負債合計。分母は標準NCと同基準)

項目 FY2022/3 FY2023/3 FY2024/3 FY2025/3 FY2026/3
流動資産 764,863 720,142 703,517 696,334 865,461
投資有価証券×0.7 802,506.6 1,181,866.0 1,269,209.9 1,394,854.3 1,382,796.1
負債合計 1,320,950 1,251,804 1,561,405 1,350,540 2,058,233
広義 NCAV 246,419.6 650,204.0 411,321.9 740,648.3 190,024.1
広義 NCAV比率 13.48% 42.62% 21.91% 34.65% 7.92%(現値時価総額ベース)

CN-PER(キャッシュニュートラル PER)

CN-PER = (時価総額 − 標準NC) ÷ 予想純利益

指標
予想 PER 12.3 倍
標準 NC 比率(標準NC ÷ 現値時価総額) -41.30%
**CN-PER(標準 NC ベース)**=(2,399,545−(-991,052))÷195,000 17.39 倍
参考: CN-PER(広義 NCAV ベース)=(2,399,545−190,024.1)÷195,000 11.33 倍

注: 標準 NC がマイナス(ネットデット)のため、CN-PER(17.39倍)は予想 PER(12.3倍)を上回る。

EV/EBITDA 分析(FY2026/3 実績ベース・現値EV使用)

(EBITDA = 営業利益 + 減価償却費)

指標 日本郵船 商船三井 川崎汽船
時価総額(億円) 23,995.45 20,077.48 16,995.21
標準 NC(億円) -9,910.52 -22,787.05 +236.69
EV(億円) 33,905.97 42,864.53 16,758.52
EBITDA(億円) 3,137.83 2,952.48 1,365.43
EV/EBITDA 10.81倍 14.52倍 12.27倍

参考: 日本郵船 予想EV/EBITDA=EV(現値)33,905.97億円 ÷ EBITDA予3,201.82億円(FY2027予営業利益145,000+FY2026/3実績減価償却費175,182百万円、予想D&A非開示のため実績値を代用)=10.59倍

EV/EBITDA 感度テーブル(NC 定義別・日本郵船)

NC 定義 NC(億円) EV(億円) EV/EBITDA
標準 NC(現預金+短期有価証券−有利子負債) -9,910.52 33,905.97 10.81倍
広義 NCAV(流動資産+投資有価証券×0.7−負債合計) 1,900.24 22,095.21 7.04倍

倍率ベース感応度(適用 PER レンジ)

適用 PER 水準 倍率 位置づけ
レンジ下限(保守的) 8.7倍 FY2024/3実績PER(コンテナ市況正常化後の直近3期最低水準)
中央(現状据え置き) 11.33倍 現値時価総額÷FY2026/3実績純利益=現行実績PER近辺
レンジ上限(楽観的) 12.78倍 業界内上位(川崎汽船)の実績PER水準
参考: 業界平均 PER 11.18倍 海運大手3社(自社含む)実績PER単純平均(日本郵船11.33+商船三井9.41+川崎汽船12.78)÷3。EDINET DBに業界平均PERの直接提供なし
参考: 自社 5 期 PER レンジ 1.5〜11.4倍 FY2022-23の1.5-1.8倍はコンテナ船市況急騰期のONE社持分法益(一過性)が分母となった構造的異常値

⚠️ 円建ての株価水準見通しは記載していない(倍率・比率ベースの指標に限定)。

DCF 前提入力枠

株主資本コスト Ke = 無リスク金利 + β × 市場リスクプレミアム(CAPM)。
負債コスト(税引後)= 支払利息 / 平均有利子負債 × (1 − 法人税率)。
FY2026/3 支払利息22,728百万円、平均有利子負債=(739,142+1,201,867)÷2=970,504.5百万円。
WACC = Ke×E/(E+D) + Kd(税引後)×D/(E+D)。
E=現値時価総額2,399,545百万円、D=有利子負債1,201,867百万円(簿価)。

項目 出典/備考
無リスク金利(%) 要調査 10年国債利回り
β 要調査 類似企業から推定
市場リスクプレミアム(%) 5-6 日本市場慣行値
株主資本コスト Ke(%) 要調査 Ke = Rf + β × ERP
負債コスト Kd 税引後(%) 1.64 22,728÷970,504.5=2.34%(税前)×(1−30%)=1.64%
自己資本比率(時価ベース) 66.6%(D/(E+D)=33.4%) E/(E+D)=2,399,545÷3,601,412
WACC(%) 要調査 Ke が未確定のため確定不可
永続成長率 g(%) 要調査 業界・GDP成長率を参考に。WACC × 0.4 以下が安全圏
法人税率(%) 30 日本の標準実効税率。海外比率高なら調整(実効税率実績は FY2026/3 22.07%)
明示予測期間(年) 5 通常 5-10 年

5期 FCF 入力枠(FCF = NOPAT + 減価償却費 − 設備投資 − 運転資本増加):

t+1 t+2 t+3 t+4 t+5
FCF(百万円) 要調査 要調査 要調査 要調査 要調査

計算式: 企業価値 = Σ FCF_t/(1+WACC)^t + TV/(1+WACC)^n、TV(永続成長) = FCF_{n+1}/(WACC-g)

参照: DCF分析 / WACC算出 / ターミナルバリュー / 感応度・シナリオ分析

バリュエーション乖離コメント

  1. NC考慮EV/EBITDA法: 日本郵船10.81倍は3社中最低(商船三井14.52倍・川崎汽船12.27倍)。
  2. CN-PER法: 標準NCベース17.39倍は予想PER12.3倍を+41%上回る(標準NCがネットデットのため)。
  3. 両手法の分母が異なる(EV/EBITDA=EBITDA、CN-PER=予想純利益)ため、有利子負債の規模を直接反映するEV/EBITDA法と、経常外損益・持分法損益(ONE社等)の変動を受けやすいCN-PER法とで方向感の一致は保証されない。
  4. 日本郵船は標準NCがネットデット(-9,910.52億円)である一方、広義NCAVはプラス(+1,900.24億円)と符号が割れており、NC定義の選び方でEV/EBITDA(10.81倍 vs 7.04倍)の値が大きく変わる点は表注で明記済み。

4. 同業比較 — 差分の論点

競合選定基準

基準 内容
業種 海運業(EDINET DB業種分類)
時価総額レンジ 商船三井=日本郵船比0.84倍、川崎汽船=同0.71倍(いずれも0.3-5倍レンジ内)
選定理由 東証プライム上場・海運業の大手3社(日本郵船・商船三井・川崎汽船)

最新期比較テーブル(FY2026/3 実績 + 現値マーケットデータ)

⚠️ PER/PBR/配当利回り/EV/EBITDAは3社とも現値時価総額・現値株価ベースで統一。

指標 日本郵船 商船三井 川崎汽船
時価総額(億円) 23,995.45 20,077.48 16,995.21
売上高(億円) 24,236.89 18,250.98 10,183.64
営業利益率 5.72% 6.96% 8.26%
自己資本比率 59.1% 48.2% 76.9%
実績 PER(現値ベース) 11.33倍 9.41倍 12.78倍
予想 PER(現値ベース) 12.3倍 11.81倍 17.89倍
PBR(現値ベース) 0.78倍 0.70倍 0.98倍
ROE 7.1% 7.67% 7.71%
配当利回り(来期予想DPSベース) 3.36% 3.51% 4.28%
EV/EBITDA 10.81倍 14.52倍 12.27倍
標準 NC 比率 -41.30% -113.49% +1.39%
営業 CF(億円) 4,733.58 4,509.63 2,647.72
FCF(営業CF+投資CF・億円) 1,021.20 -2,706.22 2,296.63
健全性スコア 93 78 93

競合 3期推移(売上・営業利益率・億円)

企業 FY2024/3 売上 FY2025/3 売上 FY2026/3 売上 FY2024/3 営利率 FY2025/3 営利率 FY2026/3 営利率
日本郵船 23,872.40 25,887.00 24,236.89 7.32% 8.14% 5.72%
商船三井 16,279.12 17,754.70 18,250.98 6.34% 8.50% 6.96%
川崎汽船 9,579.39 10,479.44 10,183.64 8.78% 9.81% 8.26%

運転資本効率 — 競合比較

⚠️ 3社とも売上債権が非開示のためCCCは算出不可。
分母は本レポート標準(棚卸資産・仕入債務=売上原価ベース)に統一。
川崎汽船の売上原価は「売上高−売上総利益」で逆算した値。
業界中央値はEDINET DBに提供なし。

指標(日数) 日本郵船 商船三井 川崎汽船 業界中央値
売上債権回転日数 非開示 非開示 非開示 データなし
棚卸資産回転日数 13.28 15.35 19.11 データなし
仕入債務回転日数 49.28 32.72 37.26 データなし
CCC 算出不可 算出不可 算出不可 データなし

注: 棚卸資産・仕入債務回転日数は日本郵船が3社中最長で、運転資本の在庫日数・支払サイトがやや長い。


5. リスクと論点

リスクマトリクス

リスク要因 影響度 発生可能性 具体的影響シナリオ 対応状況
中東情勢・航路封鎖の長期化 中〜高(現に発生中) 紅海・アデン湾・ホルムズ海峡での航行停止が続き喜望峰迂回による燃料費・航海日数増が常態化。エネルギー事業には市況押し上げでプラスに、定期船・自動車事業にはコスト増でマイナスに働く 危険海域での自社船航行停止、戦争保険付保、迂回ルートでの運航継続
海運市況変動(コンテナ・ドライバルク・タンカー) 高(構造的) BDI・SCFI・VLCCレート等の市況指数が下落すれば、持分法適用のONE社を含め業績が短期間で大きく振れる 長期契約比率の維持、事業ポートフォリオの多角化
のれん減損リスク(欧州ヘルスケア物流) 中〜大 のれん250,566百万円を計上済み。FY2027/3は償却負担で物流事業の利益水準低下を会社自身が明記しており、統合効果が計画未達の場合は追加的な減損判断が論点化しうる 買収後の統合(PMI)進捗管理
為替・燃料価格の変動 外貨建て収入比率が高く円高進行時は円換算収益が目減りする一方、燃料価格上昇時はスポット契約中心の事業でコスト増となる 収入と費用の通貨マッチング、為替予約・通貨スワップ、燃料サーチャージ
自動車船カルテル集団訴訟 不確定(会社が合理的予測困難と明記) 不明 2012年9月以降の完成自動車輸送の運賃設定に関して一部地域で集団民事訴訟が係属中。請求金額が特定されないまま長期化する可能性 訴訟対応中。引当計上の有無は開示ベースで確認を要する
最大リスクの深掘り: 中東情勢・航路封鎖の長期化

有報は「26年2月に勃発した中東域での戦争」「紅海・アデン湾、ホルムズ海峡においては当社グループ船舶の航行を停止」「ホルムズ海峡が事実上封鎖された」と明記している(出典: ジェトロ地域分析レポート、時事通信報道)。
この論点の固有性は、セグメント間で影響の符号が逆になる点にある。

  • タンカー(VLCC・VLGC)を運航するエネルギー事業にとっては、ホルムズ海峡の事実上の封鎖が中東域の需給を引き締め、市況上昇というプラス材料になった(FY2026/3のエネルギー事業経常利益は前年比+32.7%)。
  • 一方、定期船事業・自動車事業にとっては、喜望峰迂回による燃料費増・航海日数増がコスト増要因として直接効いており、定期船事業の経常利益は前年から2,246億円減少する最大の下押し要因になった。アジア〜欧州間コンテナ運賃は危機前の1,200〜1,500ドルから3,500〜4,500ドル/FEU程度まで上昇したとの報道があり、迂回による所要日数も10〜14日程度延びているとされる。
  • 戦争保険料率も紅海・ホルムズ海峡の除外地域指定によって変動し、航路によってコスト構造が一様でない。 この「一つの地政学リスクが複数セグメントに逆方向に作用する」構造は、単一の感応度で語れない点が分析上の難所である。

バリュートラップリスクの論点

本銘柄は広義NCAVがプラス(+7.92%)である一方、標準NCはネットデット(-41.30%)という構造であり、いわゆる「NC過剰蓄積による資本効率低下」という典型パターンには当てはまらない。
むしろ論点は、PBR0.78倍・ROE7.1%(東証プライム基準の8%未達、中期経営計画目標8.0〜10.0%にも未達)という資本コスト割れの構造が解消されないまま放置されるリスクにある。
投資有価証券1,975,423百万円・政策保有株式(帳簿価額100,610百万円・28,689,900株)という「本業外資産の重さ」は、ROE・ROICの分母を膨らませる方向に作用しており、事業投資計画を当初1.2兆円規模から1.6兆円規模へ増額したことと、自己株式取得150,000百万円(取得株式は全株消却済)という株主還元を同時に進める構図は、成長投資と資本効率改善の綱引きとして読める。
実際、決算報道では社長が最適な自己資本比率の水準について言及したとされ(出典: 日本経済新聞決算記事)、東証が求める「資本コスト経営」への対応が、この綱引きの決着を促すトリガーになるかどうかは、今後の資本政策発表を継続的に確認すべき論点である。


6. バリュエーション統合と論点整理

乖離の構造分析

日本郵船のバリュエーションが示す指標間のねじれには、次のような構造的な理由がある。

第一に、EV/EBITDA10.81倍が3社中最低である一方、実績PER11.33倍は商船三井の9.41倍より高いというねじれである。
EV/EBITDAは有利子負債の規模を直接反映する指標であり、日本郵船の標準NC比率-41.30%(ネットデット)は分子側のEVを押し上げるはずだが、それでも3社中最低にとどまっているのはEBITDA(3,137.83億円)の絶対水準の厚みによる。
一方、実績PERは分母が当期純利益であるため、持分法投資利益850億円という営業外の変動要因を含んだ「経常・純利益」の質に左右されやすく、両指標が同じ方向を向くとは限らない。

第二に、標準NCがネットデットである一方、広義NCAVはプラス(+7.92%)と符号が割れる理由は、投資有価証券1,975,423百万円の厚みにある。
広義NCAVは投資有価証券を資産側に取り込む定義であるため、政策保有株式や関係会社株式(ONE社への出資分等)の含み価値がプラスに作用する。
ただし政策保有株式は市場でただちに換金できる性質の資産ではなく、関係会社株式もグループ経営上手放しにくい性格を持つため、この符号の割れをそのまま「実質的な安全余裕」と読むには留保が必要である。

第三に、経常利益が営業利益を上回る構造(持分法投資利益850億円)は、PER系指標にノイズを与える。
ONE社の業績変動が日本郵船の当期純利益に直接反映される一方で、連結売上高や営業利益率にはほとんど表れないため、営業利益率5.72%という数字だけを見ると本業の収益力を過小評価しかねない。

第四に、PBR0.78倍が放置されている構造的な背景としては、シクリカル業種特有のピークアウト懸念、ROE7.1%という資本収益性、そして海運セクター全体の低PBR水準(業界内でも川崎汽船を除き軒並み1倍割れ)が挙げられる。
この乖離が「割安の放置」なのか「バリュートラップ(構造的な資本効率の低さ)」なのかは、資本収益性(ROE・ROIC)が中期経営計画の目標水準に近づけるかどうかという構造要因で判断すべき論点であり、市況の一時的な変動だけでは説明がつかない。

倍率の当てはめ方についても補足しておく。
日本郵船の実績PERは直近5期で1.5倍から11.4倍まで大きく振れた経緯があるが、これはFY2022/3・FY2023/3にコンテナ市況急騰期のONE社持分法投資利益が分母(純利益)を一過性に押し上げた結果生じた構造的な異常値であり、そのまま将来のレンジと解釈すべきではない。
倍率評価の参照レンジとしては、保守的な水準としてFY2024/3実績PER8.7倍(コンテナ市況正常化後の直近3期最低水準)、現状据え置きで現行実績PER11.33倍、業界内上位水準として川崎汽船の実績PER12.78倍が並び、業界平均の実績PER11.18倍もこのレンジの中間付近に位置する。
EV/EBITDAについても、3社の実績値(10.81倍・14.52倍・12.27倍)のレンジ内で日本郵船が最も低い評価を受けている状態であり、倍率という評価軸そのものが変化するかどうかが論点になる。

上方に振れうる前提

ドライバルク・タンカー市況が堅調に推移し、欧州ヘルスケア物流事業の統合効果(コスト・顧客基盤の相乗効果)が発現し、ROEが中期経営計画目標の8.0〜10.0%に接近する場合、市場はPBRの評価軸を切り上げる方向で再評価する余地が生まれうる。
EV/EBITDA・CN-PERの両方でみたバリュエーションの「割安さ」の解釈が、市況要因ではなく構造要因の改善として裏付けられる局面である。

会社予想並みで着地した場合の評価軸

FY2027/3会社予想(売上高2,605,000百万円・営業利益145,000百万円・当期純利益195,000百万円、会社コメント「増収減益」)並みに着地する場合、EPSは464.91円へ減少し、経常が営業を上回る構造(持分法投資利益)は残る一方、のれん償却負担が物流事業の利益水準を圧迫する。
現状のEV/EBITDA・CN-PERのねじれ構造は大きくは変わらず、市場の評価軸は「増収減益をどう織り込むか」という従来型の議論にとどまると考えられる。

下方に振れうる前提

中東情勢の一段の悪化と燃料価格上昇が同時に進行すれば、エネルギー事業のプラス寄与よりも定期船・自動車事業のコスト増が上回る可能性がある。
欧州ヘルスケア物流事業でのれん250,566百万円の減損が生じた場合、または持分法適用のONE社でコンテナ市況の一段安により持分法投資利益が消失した場合、経常利益が営業利益を下回る従来型の構造へ戻り、PER・PBRの両方で評価軸の切り下げ圧力が強まりうる。

監視ポイント

時期 イベント 開示で確認すべき点
2026年8月上旬(見込み。過去のQ1開示日は2025年8月5日) FY2027/3第1四半期決算短信 中東情勢の各セグメントへの影響が想定通りか、自動車事業の輸送台数動向、エネルギー事業の市況寄与の継続性
2026年9月28日(月) 中間配当の権利付き最終日(権利確定日2026年9月30日の2営業日前) 配当下限200円の維持方針に変更がないか
2026年11月上旬(見込み。過去は2025年11月6日) FY2027/3第2四半期決算短信 のれん償却の物流事業利益への影響度合い、欧州ヘルスケア物流事業の統合進捗、自己株式取得の有無
2027年2月上旬(見込み。過去は2026年2月4日) FY2027/3第3四半期決算短信 通期見通しの修正有無、ドライバルク市況の上振れ・下振れ、のれん減損の兆候有無
2027年3月29日(月) 期末配当の権利付き最終日(権利確定日2027年3月31日の2営業日前) 期末配当の実額、配当性向40%目安の遵守状況
2027年5月中旬(見込み。過去は2026年5月11日) FY2027/3通期決算短信 中期経営計画“Sail Green, Drive Transformations 2026”の最終年度実績、ROE・ROICの中期目標(8.0〜10.0%・6.5%以上)への到達度
2027年5月〜6月(見込み) 次期中期経営計画の発表 事業投資計画1.6兆円の消化状況と次期投資計画の規模、資本政策(自己株式取得・配当方針)の見直し有無
例年6月下旬(見込み) 定時株主総会 取締役会構成・女性取締役比率等のガバナンス方針、株主提案の有無
随時(月次) 海運市況指標(BDI・SCFI・VLCCレート)の動向 ドライバルク・コンテナ・タンカー各市況の方向感、紅海・ホルムズ海峡情勢の変化

M&A・出資検討の論点整理

時価総額2兆4,000億円規模、有利子負債1,201,867百万円を抱える日本郵船への出資・提携を検討する場合、EVの許容水準を規定する要因はいくつかに整理できる。
第一に、投資有価証券1,975,423百万円という含み資産の性格(政策保有株式・関係会社株式が中心で、即時換金性を欠く)をどう評価に織り込むかである。
第二に、のれん250,566百万円(欧州ヘルスケア物流事業由来)の償却・減損リスクをEVからどう控除するかである。
第三に、長期契約の残存期間(LNG・アンモニア輸送の長期傭船契約、バルセロナ港27年間の完成車ターミナル運営権)は、キャッシュフローの予見可能性を高める資産としてプラスに評価しうる一方、契約解約時の違約金条項次第では負の性格も持つ。

シナジー・ディスシナジーの論点としては、物流ネットワークの重複(郵船ロジスティクスと買収先Waldenグループの欧州拠点網の統合効率)、そしてコンテナ船事業をONE社への持分法出資という形で「連結できない中核事業」として抱えている点が挙げられる。
コンテナ船事業はプレミアアライアンス(2025年にTHE Allianceから改称し、MSCとの協業体制に移行)という他社共同運航体制の一部であり、独占禁止法・海運同盟規制の観点から単純な統合・再編には制約がかかる(出典: ONE 2025年度決算資料・プレスリリース)。

デューデリジェンスで確認すべき事項としては、自動車船カルテル関連の集団民事訴訟における潜在的な債務規模、傭船契約の解約違約金条項、船舶の帳簿価額と市況ベースの資産価値との乖離、SPC約350社を含む連結範囲の複雑さ(基幹会計システムのクラウド移行が進行中である点も含む)、そして脱炭素規制(IMOのGHG規制・EU-ETS・FuelEU Maritime)対応にかかる将来コストの見積もりが挙げられる。
EU-ETSは2026年から対象温室効果ガスにメタン・亜酸化窒素が加わり、2025年排出分の70%償却から2026年排出分の100%適用へ移行するため、対象船隊のコンプライアンスコストが段階的に増加する点もDD論点になる(出典: 一般財団法人日本海事協会FAQ資料)。


7. 学びのポイント

📚 着眼点1: 経常利益が営業利益を上回る会社の読み方 — 持分法投資利益とONE社

日本郵船はFY2026/3に営業利益138,601百万円に対して経常利益211,135百万円と、経常が営業を725億円上回った。
主因は営業外収益に計上された持分法投資利益850億円(うちONE社分190億円)である。
これは、コンテナ船事業を子会社化せず持分法適用会社(ONE社)として保有する構造上、ONE社の利益が連結損益計算書の売上高や営業利益には反映されず、営業外収益の一項目としてのみ計上されることに起因する。
たとえて言えば、レストランチェーンの本体決算に、共同出資している食材卸会社からの配当収入だけが別枠で加算されているようなもので、本体の「売上」だけを見ていると卸会社側の業績変動が見えにくい。
実際、FY2023/3には経常利益が11,097億円(営業利益2,963億円の3.7倍)に達したことがあり、これはコンテナ市況が急騰した局面でONE社の持分法投資利益が極端に膨らんだ結果であった。
この構造を踏まえると、日本郵船のPER・営業利益率を見る際は、常に経常利益と営業利益の乖離幅(持分法投資利益の大きさ)を併せて確認し、コンテナ市況の変動が「見えない形で」当期純利益に効いていないかを点検する分析の型が必要になる。

📚 着眼点2: 売上シェアと利益シェアのねじれ — セグメント経常利益率の分散

日本郵船のセグメント構成は、売上高の大きさと利益の大きさが一致しない典型例である。
売上の33.08%を占める物流事業の経常利益率はわずか1.27%であるのに対し、売上7.21%の定期船事業は28.51%、売上9.76%のエネルギー事業は23.02%に達する。
さらに、FY2025/3からFY2026/3にかけて定期船事業の経常利益は2,743億円から498億円へ2,246億円も減少した一方、エネルギー事業は462億円から544億円へと増加しており、セグメント間で利益の増減方向がまったく逆(符号が割れる)動きを見せた。
これは、複数事業を営む企業の分析において「連結の営業利益率」という一つの数字だけを見ていると、内部で相殺し合う大きな増減が隠れてしまうことを示す好例である。
たとえるなら、複数の店舗を持つ飲食チェーンの全社売上高だけを見て「堅調」と判断しても、実際には一部店舗が閉店寸前で別の店舗がその穴を埋めているだけかもしれない、というのと同じ構図である。
セグメント別の経常利益とその前年からの増減額を必ず併読することが、日本郵船のような多角化コングロマリット型の海運会社を理解するうえでの分析上の要点になる。

📚 着眼点3: 日本郵船の指標ポジショニング

指標 日本郵船 同業他社平均(海運大手3社単純平均) 全上場中央値(概算・要確認) 評価コメント
実績PER 11.33倍 11.18倍 15倍前後(参考値) 業界平均並みだが、持分法投資利益の変動で分母の質が振れやすい点に注意
予想PER 12.3倍 14.00倍 15倍前後(参考値) 業界内では相対的に低いが、のれん償却が予想純利益を圧迫する構造を織り込む必要
PBR 0.78倍 0.82倍 1倍台半ば(参考値。東証プライム全体はPER18.97倍・PBR1.76倍程度との報道あり) 業界内でも1倍割れが常態化しており単独の割安要因にはならない
ROE 7.1% 7.49% 8%前後(参考値) 東証プライム基準・中期経営計画目標のいずれにも未達
ROIC 3.35%(会社開示ベース)/6.4%(中計開示ベース) 要調査(3社共通の開示定義なし) 要調査 定義の違い(会社開示ベースと中計開示ベース)を混同しない注意が必要
営業利益率 5.72% 6.98% 業種により幅が大きく参考値化困難 海運大手3社の中では最も低く、持分法投資利益で経常段階では挽回する構造
自己資本比率 59.1% 61.4% 40%前後(全産業平均・参考値) 3社中で最も低いが全産業平均は上回る。買収による有利子負債増加を反映
EV/EBITDA 10.81倍 12.53倍 要調査 3社中最低。有利子負債の規模を反映してもなお相対的に評価が厳しい
予想配当利回り 3.36% 3.72% 2%台前半(参考値) 配当下限200円の設定により利回りの下値めどは相対的に明確
標準NC比率 -41.30% -51.13% 要調査 3社ともネットデット型に近く、NC過剰蓄積型の分析枠組みはそのまま当てはまらない

⚠ 「全上場中央値」欄は、東証プライム市場全体のPER・PBRに関する2026年6月時点の報道水準(PER18.97倍・PBR1.76倍程度、ROE平均8%前後)を参考にした概算であり、正式な全銘柄中央値の統計とは異なる。
業種特性によって適正水準は大きく異なるため、参考値としてのみ扱うべきである。


参考情報

ガバナンス要点

日本郵船の代表取締役社長は曽我貴也氏である。
1984年に一橋大学商学部を卒業して入社し、シンガポール・ロンドン・バンコクでの駐在や自動車物流グループ長等を経て、2022年に取締役専務執行役員CFO・経営企画本部長、2023年4月に現職に就任した(出典: 日本郵船ニュースリリース2023年4月3日)。
連結従業員数は39,830名、単体従業員数は1,370名で、平均年齢37.8歳・平均勤続13.9年・平均年間給与15,545,044円となっている。
取締役会は男性8名・女性4名で構成され、女性取締役比率33.3%、女性管理職比率15.4%である。
Regional Management OfficeおよびRegional Governance Officerによるグローバルガバナンス体制を敷き、負債格付はJCR「AA-」・R&I「A+」・ムーディーズ「Baa3」である。
2004年から女性の海上職採用を進め、2025年4月には初の女性機関長を登用する「CX Neo」の取り組みも進んでいる。
コンプライアンス面では独占禁止法・贈収賄関連法令・経済制裁を対象とする遵法活動徹底委員会を設置し、毎年9月をコンプライアンス総点検月とする体制を敷いている。

大株主構成

順位 株主名 保有比率 区分
1 ブラックロック・ジャパングループ 7.44% 資産運用会社グループ(11社合算)
2 野村證券グループ 6.36% 証券・資産運用グループ
3 三菱UFJフィナンシャル・グループ 6.00% 銀行・信託・資産運用グループ
4 三井住友トラスト・アセットマネジメント 4.70% 資産運用会社
5 みずほ銀行グループ 4.55% 銀行・資産運用グループ

上記は大量保有報告書(5%以上、一部4%台を含む)ベースであり、有価証券報告書の大株主上位10名リストとは基準・時点が異なる。
提出日が2021年から2026年まで分散しているため、現在の実際の保有比率とは差異がありうる点に留意する必要がある。

データソースの時点差

データ種別 基準日 ソース
財務データ(PL/BS/CF/セグメント) 2026-03-31 EDINET有価証券報告書(FY2026/3)
会社予想 2026-05-11 TDNet決算短信(FY2027/3予想)
株価・時価総額 2026-07-27 市場データ
大株主 2021-09-07〜2026-04-07 大量保有報告書
定性情報(市況・ニュース) 2026-07-27時点 各社IR・報道(ジェトロ・日本経済新聞・LNEWS・日本海事協会等)

出典一覧

定量データ

  1. EDINET DB — 企業基本情報・健全性スコア・最新決算(EDINET有価証券報告書ベース)
  2. EDINET DB — 5期財務時系列
  3. EDINET DB — セグメント別売上・経常利益
  4. EDINET DB — 業界ベンチマーク
  5. TDNet 決算短信 — 速報値・会社予想
  6. EDINET DB — 大量保有報告書(大株主構成)
  7. EDINET DB — 有価証券報告書テキストブロック(経営方針・MD&A)
  8. 市場データ — 株価・時価総額(2026-07-27 時点の現値)

企業IR・適時開示

  1. 日本郵船「欧州物流企業Waldenグループのヘルスケア物流事業の買収について」2025年7月17日 — https://www.nyk.com/news/2025/20250717_01.html
  2. 日本郵船「Waldenグループ ヘルスケア物流事業の買収手続き完了について」2025年12月19日 — https://www.nyk.com/news/2025/20251219_01.html
  3. 日本郵船「代表取締役社長就任について」2023年4月3日 — https://www.nyk.com/news/2023/20230403_01.html
  4. OCEAN NETWORK EXPRESS「2026 Premier Alliance's First Sailings」 — https://www.one-line.com/en/news/2026-premier-alliances-first-sailings

業界メディア

  1. LNEWS「日本郵船/欧州ヘルスケア物流事業を買収」2025年7月18日 — https://www.lnews.jp/2025/07/r0718302.html
  2. Splash247 — 自動車船(PCTC)需給・中国完成車輸出動向に関する報道(URL は配信元のアクセス制限により未検証のため記載せず)

官公庁・業界団体・一般報道

  1. ジェトロ 地域・分析レポート(中東情勢と物流動向、2026年4月2日) — https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/special/2026/0402/871c57bd7ee8fbb7.html
  2. 時事ドットコム「喜望峰迂回・原油代替輸送ルート」2026年4月2日 — https://www.jiji.com/jc/article?k=2026040200869&g=eco
  3. 日本経済新聞 — 日本郵船 決算・資本効率方針に関する報道 — https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB1972V0Z11C25A1000000/
  4. 一般財団法人日本海事協会(ClassNK)— EU-ETS および FuelEU Maritime 対応 FAQ 資料(URL は配信元のアクセス制限により未検証のため記載せず)

注: 本文中の「全上場中央値」は東証プライム市場全体の PER・PBR 水準に関する報道値を参考にした概算であり、正式な全銘柄中央値統計ではない(該当箇所に注記済み)。