📚 業界ノート

株式会社アシックス

【経済・その他製品】その他製品企業バリュエーション分析更新 2026-09-08

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目次
  1. 1. 事業構造 — 何で稼ぐ会社か
  2. アシックスの事業構成(セグメント別売上・FY2025)
  3. 2. 財務の実力
  4. 2.1 PL 5期推移+FY2026予想(百万円・%)
  5. 2.2 BS 5期推移(百万円・%)
  6. 2.3 BS詳細主要科目 5期推移(百万円)
  7. 2.4 CF 5期推移(百万円)
  8. 2.5 受注高・受注残高
  9. 2.6 運転資本・CCC(FY2025・厳密法)
  10. 2.7 配当推移(分割調整後・円)
  11. 2.8 経営者予想精度(過去実績、百万円)
  12. 2.9 健全性チェック9項目(事業会社基準)
  13. 3. 市場評価を読む — バリュエーション
  14. 3.1 標準NC・広義NCAV 5期推移(百万円)
  15. 3.2 EV/EBITDA(現値ベース・FY2025実績EBITDA使用)
  16. 3.3 EV/EBITDA 競合比較(各社最新期・現値ベース)
  17. 3.4 EV/EBITDA 感応度(FY2025実績EBITDA 167,785百万円に対する倍率別・百万円)
  18. 3.5 倍率ベース感応度(PER・FY2026予想EPS 169.3円ベース)
  19. 3.6 乖離コメント
  20. 4. 同業比較 — 差分の論点
  21. 4.1 競合選定基準
  22. 4.2 最新期比較(各社現値ベース、百万円)
  23. 4.3 競合3期売上・営業利益率推移(百万円)
  24. 4.4 CCC 競合比較(厳密法、日数)
  25. 5. リスクと論点
  26. 6. バリュエーション統合と論点整理
  27. 7. 学びのポイント
  28. 📚 着眼点1: なぜアシックスのPER24.6倍が同業比で正当化されうるか
  29. 📚 着眼点2: 営業利益率が5.4%から17.6%へ急改善した構造
  30. 📚 着眼点3: グローバル地域分散と為替・関税感応度
  31. 参考情報
  32. 出典一覧

株式会社アシックス(7936)銘柄分析レポート

SUMMARY

アシックスの現値時価総額は 29,519 億円(株価4,164円・2026-09-08時点)。
会社予想(2026年8月14日上方修正後)ベースで予想PER 24.6倍・予想EV/EBITDA 17.2倍 と、直近5期で営業利益率が5.4%→17.6%へ急改善した高収益株らしいバリュエーション水準にある。
配当利回りは 1.06% と低位で、標準NC比率2.5%・広義NCAV比率3.4%とネットキャッシュ系の割安性は薄い。
健全性スコアは 85/100 と高い。
なお2024年の1株→4株分割により、EPS/BPS/DPSの時系列は分割調整後で統一している。

指標 値 評価
時価総額 29,519 億円 大型
予 PER 24.6倍 やや割高
予 EV/EBITDA 17.2倍 やや割高
配当利回り 1.06% 低位
標準 NC 比率 2.5% 低い
広義 NCAV 比率 3.4% 低い
健全性スコア 85/100 高い

1. 事業構造 — 何で稼ぐ会社か

スポーツ用品・アスレチックフットウェア業界の一般構造には立ち入らず、本レポートはアシックス固有の事業構造に絞る。
同社は「Sound Mind, Sound Body」を理念に掲げる神戸発のグローバルスポーツ用品メーカーであり、収益ドライバーは大きく2軸に分かれる。
第一に機能性を軸とするパフォーマンスランニング(FY2025売上363,542百万円・セグメント利益86,035百万円)で、これは技術力と競技実績に裏打ちされた本業の屋台骨である。
第二にライフスタイル領域のスポーツスタイル(同141,324百万円・+43.6%・利益41,338百万円)とオニツカタイガー(同136,519百万円・+43.0%・利益51,489百万円)で、両者が初めて売上1,000億円を超え、利益率もそれぞれ29.3%・37.7%とパフォーマンスランニング(利益率23.7%程度)を上回る高付加価値帯を形成している。
つまり「機能で稼ぐ本業」に「ブランドで稼ぐ高収益事業」が接ぎ木された構造が、FY2021の営業利益率5.4%からFY2025の17.6%への急改善(+12.2pt)を牽引した。

コスト構造の観点では、製品仕入の大部分が米ドル建てであるため為替と原材料・物流(原油連動)の変動が売上原価に直接反映されやすい。
運転資本はCCC 149.7日(売上債権40.0日+棚卸186.5日−仕入76.8日)と長く、とりわけ棚卸資産178,967百万円(FY2025)が重い。
これはシーズン先行での在庫積み増しに起因するもので、季節商品であるアスレチックフットウェア特有の構造的な資金拘束である。
資本集約度は自己資本比率46.3%・ROE39.1%という組み合わせが示す通り、大規模な設備投資に依存する重厚長大型ではなく、ブランド・研究開発・グローバル販売網への投資が中心の軽資産寄りの収益構造といえる。

事業構成を地域別にみると、次の通りである。

アシックスの事業構成(セグメント別売上・FY2025)

セグメント 売上高 構成比 営業利益 営業利益率 前年比(売上)
欧州地域 225,805 27.9% 36,746 16.3% +25.9%
日本地域 156,385 19.3% 44,734 28.6% +25.3%
北米地域 141,192 17.4% 16,018 11.3% +4.6%
中華圏地域 120,236 14.8% 25,099 20.9% +19.7%
その他地域(Other Areas) 52,077 6.4% 8,107 15.6% +16.1%
東南・南アジア地域 49,745 6.1% 10,946 22.0% +33.9%
オセアニア地域 49,649 6.1% 7,927 16.0% +15.5%
その他(セグメント) 15,657 1.9% -1,192 -7.6% +14.5%

(参考。カテゴリー別売上FY2025百万円)パフォーマンスランニング363,542(利益86,035)/スポーツスタイル141,324(+43.6%・利益41,338)/オニツカタイガー136,519(+43.0%・利益51,489)/コアパフォーマンススポーツ86,017/アパレル・エクィップメント42,072。

欧州(225,805百万円・27.9%・営利率16.3%)と日本(156,385百万円・19.3%・営利率28.6%)が売上・収益性の両輪であり、日本セグメントの利益率28.6%は全地域中最高水準にある。
北米(141,192百万円・17.4%・営利率11.3%)は売上規模こそ大きいが利益率が相対的に低く、中華圏(120,236百万円・14.8%・営利率20.9%)・東南南アジア(49,745百万円・6.1%・営利率22.0%)は成長率・利益率ともに高い新興ドライバーとして位置づけられる。
主要取引先は東南アジア中心のOEM生産委託先群、DTC(直営店・EC)によるオムニチャネル、および卸・代理店網の三層構造であり、DTC比率の拡大が近年の粗利率改善に寄与してきた。

固有事象としては、オニツカタイガーの分社化(2027年1月1日効力発生予定・100%出資の新会社体制)によるラグジュアリー路線の明確化、東京・新宿への世界最大級グローバル旗艦店開業、上海・名古屋・イタリア・韓国への展開、そして2027年2月開業予定のロサンゼルス店を起点とする米国市場再進出が挙げられる。
加えてランニング関連イベント・レース登録事業の取り込みによるランニングエコシステムの構築、全社的な「GIE(Global Integrated Enterprise)」への変革が進行中であり、2027年からは「中期経営計画2029」に移行する予定である。

参入障壁の所在: 参入障壁は、単なるブランド力ではなく「トップアスリートの実走データを基にした機能性シューズのR&D」と「競技実績に裏打ちされた信頼」の組み合わせにある。
いわば技術者が敷いた滑走路の上をブランドが飛び立つ構図であり、後発の模倣が難しいのはこの技術的土台の部分である。


2. 財務の実力

2.1 PL 5期推移+FY2026予想(百万円・%)

項目 FY2021 FY2022 FY2023 FY2024 FY2025 FY2026予想
売上高 404,082 484,601 570,463 678,526 810,916 1,050,000
売上原価 204,250 243,894 273,566 299,648 350,283 —
売上総利益 199,878 240,706 296,896 378,878 460,632 —
営業利益 21,945 34,002 54,215 100,111 142,519 195,000
経常利益 22,166 30,913 50,670 92,601 139,295 189,000
当期純利益 9,402 19,887 35,272 63,806 98,719 120,000
営業利益率 5.4% 7.0% 9.5% 14.8% 17.6% 18.6%
ROE(公式) 6.9% 12.6% 18.8% 29.1% 39.1% —
EPS(分割調整後,円) 12.845 27.15 48.13 88.30 138.13 169.3

(注)FY2026予想はFY2026/8/14開示の中間決算短信による上方修正後ガイダンス。売上+29.5%/営業利益+36.8%/経常利益+35.7%/当期純利益+21.6%(前期比)。

2.2 BS 5期推移(百万円・%)

項目 FY2021 FY2022 FY2023 FY2024 FY2025
総資産 345,773 425,067 464,116 518,994 586,480
流動資産 243,133 296,122 323,522 369,143 409,933
固定資産 102,640 128,944 140,593 149,851 176,546
負債合計 199,236 252,338 257,315 284,054 313,125
純資産 146,537 172,729 206,801 234,940 273,355
自己資本比率 42.2% 40.1% 44.1% 44.9% 46.3%
BPS(分割調整後,円) 199.52 232.86 279.43 325.59 383.16

2.3 BS詳細主要科目 5期推移(百万円)

項目 FY2021 FY2022 FY2023 FY2024 FY2025
現預金 95,275 65,804 113,301 126,973 112,221
有利子負債(注) 77,700 94,898 82,587 62,500 37,500
投資有価証券 10,219 11,843 12,105 3,513 3,707
売上債権 50,135 70,692 65,593 74,705 88,803
棚卸資産 80,046 135,582 121,245 137,596 178,967
仕入債務 30,459 44,670 43,921 62,150 73,670

(注)有利子負債 = 短期借入金 + 1年内償還社債 + 社債 + 長期借入金(リース債務は除く)。
FY2025内訳: 短期借入金2,500 + 1年内償還社債25,000 + 社債10,000 = 37,500。
有報MD&Aの「有利子負債98,529」はリース債務を含む定義であり本表とは異なる。
短期有価証券の科目開示はなし(NC計算では0=「—」扱い)。

2.4 CF 5期推移(百万円)

項目 FY2021 FY2022 FY2023 FY2024 FY2025
営業CF 49,146 -21,427 90,095 104,614 109,912
投資CF -10,167 -14,481 -4,640 -7,558 -29,414
財務CF -25,968 2,314 -40,252 -84,322 -105,875
FCF(営業+投資) 38,979 -35,908 85,455 97,056 80,498
減価償却費 14,051 16,000 16,504 20,557 25,266

2.5 受注高・受注残高

該当なし(非受注産業)。有報において「生産・受注実績は僅少のため記載省略」と開示されている。

2.6 運転資本・CCC(FY2025・厳密法)

項目 日数
売上債権回転日数(売上高ベース) 40.0日
棚卸資産回転日数(売上原価ベース) 186.5日
仕入債務回転日数(売上原価ベース) 76.8日
CCC 149.7日

2.7 配当推移(分割調整後・円)

項目 FY2021 FY2022 FY2023 FY2024 FY2025 FY2026予想
1株配当 6.0 10.0 16.25 20.0 28.0 44.0
配当性向 46.7% 36.8% 33.8% 22.7% 20.3% —

2.8 経営者予想精度(過去実績、百万円)

期 予想売上 実績売上 乖離率 予想営利 実績営利 乖離率
FY2025 780,000 810,916 +4.0% 120,000 142,519 +18.8%

(注)FY2025は期初予想(2025-05-15開示Q1時点の通期予想)に対する実績。
開示データは直近1期分のみ。
アシックスは近年一貫して会社予想を上回る実績を計上する保守的ガイダンス傾向。
FY2026も期中に上方修正済み(当初売上950,000→中間で1,050,000)。

2.9 健全性チェック9項目(事業会社基準)

項目 基準 実績値 判定
自己資本比率 >40% 46.3% ✅
有利子負債<現預金 有利子負債<現預金 37,500<112,221 ✅
流動比率 >150% 409,933/243,726=168% ✅
利益剰余金 >0 246,352百万円 ✅
営業CF3期連続黒字 3期連続黒字 FY2023-2025 ✅
配当3期連続 3期連続実施 FY2023-2025 ✅
EPS前年比 プラス 5期連続増加 ✅
ROE >8% 39.1% ✅
営業利益率 >業界平均 17.6% ✅

3. 市場評価を読む — バリュエーション

3.1 標準NC・広義NCAV 5期推移(百万円)

項目 FY2021 FY2022 FY2023 FY2024 FY2025
現預金 95,275 65,804 113,301 126,973 112,221
有利子負債 77,700 94,898 82,587 62,500 37,500
標準NC 17,575 -29,094 30,714 64,473 74,721
流動資産 243,133 296,122 323,522 369,143 409,933
投資有価証券×0.7 7,153 8,290 8,474 2,459 2,595
負債合計 199,236 252,338 257,315 284,054 313,125
広義NCAV 51,050 52,074 74,681 87,548 99,403

(注)標準NC比率・広義NCAV比率は現値時価総額(2,951,905百万円)に対する直近期(FY2025)のみ算出可能。過去期については当時の時価総額データがないため比率は算出していない。

3.2 EV/EBITDA(現値ベース・FY2025実績EBITDA使用)

項目 値(百万円)
営業利益(FY2025) 142,519
減価償却費(FY2025) 25,266
EBITDA 167,785
有利子負債 37,500
現預金 112,221
純有利子負債(ネットキャッシュ) -74,721
現値時価総額 2,951,905
EV 2,877,184
EV/EBITDA 17.2倍

3.3 EV/EBITDA 競合比較(各社最新期・現値ベース)

企業 EV(百万円) EBITDA(百万円) EV/EBITDA
アシックス(7936) 2,877,184 167,785 17.2倍
美津濃(8022) 288,456 26,351 10.9倍
ゴールドウイン(8111) 237,959 28,388 8.4倍

(注)決算期ズレあり。アシックス=12月決算(FY2025=2025-12)、ミズノ・ゴールドウイン=3月決算(FY2026/3)。厳密な同時点比較ではない。

3.4 EV/EBITDA 感応度(FY2025実績EBITDA 167,785百万円に対する倍率別・百万円)

適用倍率 想定EV 想定時価総額(EV+ネットキャッシュ74,721)
8.0倍 1,342,280 1,417,001
10.0倍 1,677,850 1,752,571
12.0倍 2,013,420 2,088,141
15.0倍 2,516,775 2,591,496
17.2倍(実績) 2,877,184 2,951,905(現値と一致・検算OK)

3.5 倍率ベース感応度(PER・FY2026予想EPS 169.3円ベース)

適用PER 想定株価(円)
15.0倍 2,540
18.0倍 3,047
20.0倍 3,386
22.0倍 3,725
24.6倍(実績・現値と一致) 4,164
30.0倍 5,079

3.6 乖離コメント


4. 同業比較 — 差分の論点

4.1 競合選定基準

決算期の近さ・事業ドメイン(スポーツシューズ・アパレル)の近似性から美津濃(8022)・ゴールドウイン(8111)を選定。
デサント(8114)は伊藤忠によるTOB成立で上場廃止となったためピアから除外し、スポーツアパレル大手のゴールドウインを代替採用した。
決算期ズレ注記: アシックス=12月決算(FY2025=2025-12)、ミズノ・ゴールドウイン=3月決算(最新=2026-03期)。
厳密な同時点比較ではない。

4.2 最新期比較(各社現値ベース、百万円)

項目 アシックス(7936) 美津濃(8022) ゴールドウイン(8111)
現値時価総額 2,951,905 311,457 287,846
株価(円・2026-09-08) 4,164 4,095 2,104
売上高 810,916 259,045 137,516
営業利益 142,519 22,603 25,859
営業利益率 17.6% 8.7% 18.8%
当期純利益 98,719 18,376 24,094
自己資本比率 46.3% 68.9% 76.9%
ROE 39.1% 11.1% 20.1%
PER 24.6倍(予想) 16.9倍 11.9倍
PBR 10.87倍 1.80倍 2.22倍
配当利回り 1.06%(予想) 1.61%(DPS66円) 2.76%(DPS58円)
標準NC 74,721 23,001 49,887
標準NC比率 2.5% 7.4% 17.3%
EV/EBITDA 17.2倍 10.9倍 8.4倍
営業CF 109,912 17,311 26,257
投資CF -29,414 -5,282 -13,468
FCF 80,498 12,029 12,789

4.3 競合3期売上・営業利益率推移(百万円)

企業 2期前 前期 最新期 営利率(2期前→最新期)
美津濃(8022) 229,711(FY24) 240,335(FY25) 259,045(FY26) 7.5%→8.6%→8.7%
ゴールドウイン(8111) 126,907(FY24) 132,305(FY25) 137,516(FY26) 18.8%→16.6%→18.8%

(注)アシックス5期推移は2.1参照。

4.4 CCC 競合比較(厳密法、日数)

企業 売上債権回転日数 棚卸資産回転日数 仕入債務回転日数 CCC
アシックス(7936) 40.0 186.5 76.8 149.7
美津濃(8022) 73.0 150.0 41.1 181.9
ゴールドウイン(8111) 43.3 111.6 26.2 128.7

5. リスクと論点

リスク要因 影響度 発生可能性 具体的影響シナリオ 対応状況
米国関税・貿易規制 高 中 米国向け売上比率約18%・ベトナム等OEM生産品への相互関税で粗利率が圧迫される 経営陣は「販売価格の適正化により吸収可能・粗利率への影響は限定的」と説明
為替(米ドル建て仕入) 中 高 製品仕入の大部分が米ドル建てのため円安局所化・急変動でコスト増となる 価格改定・地域別価格戦略で吸収を志向
北米の成長鈍化 中 中 北米売上は他地域比で低成長にとどまり、営利率も11.3%と全地域中で低位 オニツカタイガーの2027年米国再進出で新規需要創出を模索
中期経営計画未達・競合の技術革新 中 低〜中 ナイキ・アディダス等の技術投資・マーケティング競争激化でシェア浸食 研究開発投資継続・トップアスリート起用の維持
M&A・のれん減損、季節変動・在庫リスク 低〜中 低 オニツカタイガー分社化等の組織再編に伴う一時費用、シーズン先行在庫の評価損 分社化は機動的な意思決定体制構築が目的と説明

最大リスクの深掘り: 北米は売上構成比17.4%と大きいが、営業利益率11.3%は欧州(16.3%)・日本(28.6%)・中華圏(20.9%)を下回り、成長率も他地域比で見劣りする。
ここに米国相互関税とドル建て仕入コストが重なる構図であり、北米が「規模はあるが稼ぎにくい」地域である状態が長引けば、全社営業利益率17.6%の押し上げ余地が北米一極で削がれるリスクがある。
オニツカタイガーの2027年ロサンゼルス出店は、この構造を高付加価値ブランドの側面から補完する試みと位置づけられる。

バリュエーションリスクの深掘り: 現値ベースの予想PER24.6倍・PBR10.87倍は、同業のミズノ(PER16.9倍・PBR1.80倍)やゴールドウイン(PER11.9倍・PBR2.22倍)と比べて明確に高い水準にある。
これはネットキャッシュ(標準NC比率2.5%)による割安性ではなく、営業利益率の急改善(5.4%→17.6%)とROE39.1%という高成長・高収益を市場が織り込んだグロース株的な評価軸に依存する構造である。
したがって、成長率や利益率の改善ペースが市場期待から乖離した場合、倍率面の調整余地は同業他社より相対的に大きいという構造的な特性を持つ。


6. バリュエーション統合と論点整理

(a) 乖離の構造分析

アシックスの予想PER24.6倍・予想EV/EBITDA17.2倍・PBR10.87倍は、決算期のズレを踏まえてもミズノ(PER16.9倍・EV/EBITDA10.9倍・PBR1.80倍)、ゴールドウイン(PER11.9倍・EV/EBITDA8.4倍・PBR2.22倍)を大きく上回る。
この突出した高倍率は、単純な「割安放置」の裏返しではなく、(1)営業利益率がFY2021の5.4%からFY2025の17.6%まで4年連続で改善した実績、(2)ROE39.1%という国内製造業では稀な資本効率、(3)オニツカタイガー・スポーツスタイルという利益率30〜38%台の高付加価値事業の急拡大、(4)政策保有株全売却・ガバナンス受賞という株主還元・資本効率改善への評価、という4つの要因が複合した「高成長・高収益プレミアム」型の評価構造として理解するのが妥当である。
標準NC比率2.5%・広義NCAV比率3.4%が示す通り、時価総額(約29,519億円)に対してネットキャッシュの厚みは相対的に薄く、資産価値ではなく収益成長そのものが評価軸の中心に置かれている。

(b) 条件分岐シナリオ

成長シナリオ: オニツカタイガーの分社化・欧米旗艦店展開・2027年米国再進出が奏功し、高付加価値事業(スポーツスタイル・オニツカタイガー)の売上構成比がさらに拡大する場合、営業利益率のさらなる改善余地が市場に織り込まれ、同業比での高PER・高PBRが「先取り」ではなく「妥当な成長プレミアム」として評価軸が据え置かれる可能性がある。
横ばいシナリオ: FY2026会社予想(営業利益195,000百万円・営利率18.6%)が概ね計画線で着地する場合、現在の高倍率評価はおおむね維持されるが、成長率鈍化の兆候が四半期ごとに精査される展開となり、決算のたびに評価軸の妥当性が再検証される緊張感の高い状態が続くと考えられる。
減速シナリオ: 北米の成長鈍化が長期化する、あるいは米国関税・為替が想定以上に粗利率を圧迫する場合、グロース株的な高PER・高PBRの前提となっていた「利益率改善の継続性」への市場の信認が揺らぎ、同業他社水準(PER10倍台)への評価軸の収斂圧力が強まる可能性がある。

(c) 監視ポイント

時期 イベント 開示で確認すべき点
2026年11月頃 FY2026第3四半期決算 北米売上・利益率の改善有無、関税影響の実額化
2026年12月下旬 配当権利付き最終日(12月決算・権利確定) 予想DPS44.0円の実現可能性、配当方針の変更有無
2027年1月1日 オニツカタイガー分社化 効力発生 新会社体制での開示区分・セグメント再編の有無
2027年2月頃 FY2026本決算 通期実績が会社予想(売上1,050,000百万円・営利195,000百万円)に対し上振れ/未達か
2027年2月開業予定 オニツカタイガー ロサンゼルス店開業 米国再進出の初期反応、現地売上への寄与時期
2027年中 「中期経営計画2029」発表 次期中計の営業利益率目標・地域別成長戦略の方向性
随時 米国相互関税の運用動向 ベトナム等OEM生産品への実効関税率、価格転嫁の進捗
随時 為替(ドル円)の推移 米ドル建て仕入コストへの影響、価格改定のタイミング

(d) M&A・出資検討の論点整理

買い手目線でアシックスの企業価値を検討する場合、論点は主に3つに整理される。
第一に、EV許容水準は現在の予想EV/EBITDA17.2倍という市場評価そのものが「高成長プレミアムをどこまで正当と見るか」の試金石となり、単純な資産価値やネットキャッシュの厚み(NC比率2.5%)だけでは説明できない水準にある。
第二に、シナジーの観点では、パフォーマンスランニングの技術基盤とスポーツスタイル・オニツカタイガーのブランド展開力を組み合わせた事業ポートフォリオは、単体ブランドの買収では代替しにくい複合的な強みであり、部分的な事業譲渡よりも全体としての評価が前提となりやすい。
第三に、デューデリジェンスの論点としては、オニツカタイガー分社化後のグループガバナンス構造、東南アジア中心のOEM生産委託先への依存度、および米国関税・為替という外部環境要因がキャッシュフローの安定性にどう影響するかの精査が中心となる。


7. 学びのポイント

📚 着眼点1: なぜアシックスのPER24.6倍が同業比で正当化されうるか

具体例として、ミズノのPER16.9倍・ゴールドウインのPER11.9倍に対し、アシックスの24.6倍は明確に高い。
この差は、いわば「同じ陸上競技場を走っていても、加速中の選手と巡航速度の選手ではラップタイムの評価のされ方が違う」ことに例えられる。
アシックスは営業利益率がFY2021の5.4%からFY2025の17.6%へと4年連続で改善しており、この「加速局面」にある企業は、市場から将来の利益成長を先取りして評価されやすい。
分析上の含意としては、高PER自体を「割高」と断じるのではなく、その企業が加速局面にあるのか巡航局面にあるのかを、営業利益率の推移や事業構成の変化(高付加価値事業の比率拡大)から見極める視点が重要になる。

📚 着眼点2: 営業利益率が5.4%から17.6%へ急改善した構造

背景には、パフォーマンスランニング中心の「機能で稼ぐ」構造から、スポーツスタイル・オニツカタイガーという「ブランドで稼ぐ」高付加価値事業への構成シフトがある。
例えるなら、同じ工場でも汎用品ラインから高付加価値ラインへ生産比率を移すことで、同じ生産量でも粗利が厚くなるのに近い。
スポーツスタイル(利益率29.3%)・オニツカタイガー(利益率37.7%)はパフォーマンスランニングより明確に高い利益率を持ち、両事業が初めて売上1,000億円を超えたFY2025は、この構造転換が数字として結実した年と位置づけられる。
分析上の含意は、単一事業の成長率だけでなく「事業ポートフォリオの重心がどこに移動しているか」を見ることで、利益率改善の持続性を判断できるという点である。

📚 着眼点3: グローバル地域分散と為替・関税感応度

アシックスは欧州・日本・北米・中華圏・東南南アジア・オセアニアと6地域以上に分散しているが、製品仕入の大部分が米ドル建てである点は地域分散とは別軸のリスクである。
地域を分散させても、コスト側の通貨エクスポージャーは一元化されているため、為替変動・関税政策の影響は特定地域の売上減という形ではなく、全社共通の粗利率圧迫という形で顕在化しやすい。
分析上の含意としては、「売上の地理的分散」と「調達通貨の集中」は別次元のリスク管理課題であり、地域分散が進んでいるからといって為替・関税感応度が自動的に下がるわけではないという点を区別して評価する必要がある。

指標 アシックス 同業平均(ミズノ・ゴールドウイン) 全上場中央値の目安 評価コメント
予想PER 24.6倍 約14.4倍 概ね12〜15倍程度 高成長プレミアムを反映した突出水準
PBR 10.87倍 約2.01倍 概ね1倍前後 ROE39.1%の高さが正当化根拠の中心
予想EV/EBITDA 17.2倍 約9.65倍 概ね7〜9倍程度 稼ぐ力(EBITDA)への評価が厚い
営業利益率 17.6% 約13.8% 業種により幅広い ゴールドウイン(18.8%)に匹敵する水準
ROE 39.1% 約15.6% 概ね8〜10%程度 自己資本比率46.3%との両立が特徴
自己資本比率 46.3% 約72.9% 概ね40〜50%程度 同業より低いが健全水準は維持
予想配当利回り 1.06% 約2.19% 概ね2%前後 成長投資優先で利回りは相対的に低い
標準NC比率 2.5% 算出対象外 — 時価総額規模ゆえNC系の割安性は薄い
売上成長率(前期比) +19.5% 一桁台後半が目安 — 4年連続最高更新という持続的成長が特徴

参考情報

アシックスは兵庫県神戸市に本社を置き、連結従業員数9,455名(FY2025)・子会社63社を擁するグローバル企業である。
欧州・日本・北米・中華圏・東南南アジア・オセアニアの6地域以上で事業を展開し、2024年には政策保有株式を全売却してガバナンス改革を進めた。
この結果、「IR優良企業大賞2025」「コーポレートガバナンス・オブ・ザ・イヤー2025 大賞」を受賞しており、資本市場からの評価も高い。
大株主構成は特定の事業会社や親会社・アクティビストによる支配的保有がなく、純投資中心の機関投資家が上位を占める分散的な株主構成となっている。

順位 株主名 保有比率 区分
1 ブラックロック・ジャパン 7.28% 機関投資家・純投資
2 野村 5.64% 機関投資家・純投資
3 三井住友トラストAM 5.46% 機関投資家・純投資
4 JPモルガンAM 4.82% 機関投資家・純投資
データ種別 時点
財務データ(FY2025実績等) 2025-12-31
市場データ(株価・時価総額等) 2026-09-08

出典一覧